ワザリング・ウィミン

あんどこいぢ

大公軍襲来前夜

 南から大軍が迫っていた。

 その対応に追われる聖都の城壁内は、これまた大軍である同盟側の兵たちを支えるための煮炊きの白煙に満ち、それらの合間合間に、数日前の合戦の名残りである黒煙が幾すじか糸を引いていた。

 図書館の柱の一本は倒されたまま未だ撤去されず、ちょうど正面の階段のところに到着したローブ姿の二人は、さらに通りを進み、グルッと廻り込むようにして館内に入らなければならなかった。

 そしてその館内もあまり良くない素材を煮炊きするニオイに満ちている。壁に背を預け腰かけている兵たちのニオイもまた、決して芳しいものだとはいえない。

 今入館した二人は女子学生だった。

 彼女たちがフードを上げると、そうして零れでた薔薇色の頬に、好色の気を帯びた深い吐息が湧き上がった。だが兵たちも疲れているため、その欲望は牙を折られ、陰に籠り、彼女たちを見上げた落ち窪んだ双眸だけが妙にギラギラしていた。

 とはいえ女二人の頬には、当然緊張が走った。特に歳上らしい背が一廻り高いほうが、露払いでもするかのように、一歩前にでる。

 が、最初に声を上げたのは小ぶりな娘のほう。前をゆく女の後頭部に唇を寄せるように小声で──。

「エイダン公の軍が入れば、この戦も一応決着が着くって、街のひとたちは言っていたけど……」

 前をゆくその同行者は神経を露出した顔で振り返り、無声音ながら鋭く叫んだ。

「しっ! 姫様っ! 兵たちに聴かれてしまいますっ!」

 それもそのはず、エイダン公というのは現在接近中の敵の援軍の大将なのだ。もしこの傷ついた兵たちに聴きつけられでもしたら……。

 にも拘らず小振りな娘のほうはどこ吹く風で、逆に前を行く女を詰るようにいった。

「その姫様ってゆうのはやめて! クレタ!」

 勝気な感じだがまだまだ子供だ。無理して大人振っているようにも見える。しかし瞳には知性の輝きがあり、姫様と呼ばれているのも満更お世辞ではなそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワザリング・ウィミン あんどこいぢ @6a9672

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ