第61話 聖剣バディ

 本当に勇者シャインがその頃から連れていたとすると、20年ぐらい前だ。カノンがの知識の限りではイヌの命としては長いし、少なくとも仔イヌではないということ。そして良く見ると額に小さな印がある。


「ミラ、あれはもしかして・・・」

「聖印です」

「・・・聖犬ということか」


 聖剣は見つかっていないが、代わりに聖犬がいる。すでにカノンの理解を超えていたがつかなかったが、ガルフが「はは〜ん」と奇妙な言葉を発して口角をあげた。


「こいつ、俺と一緒だな」

「それはどういうことだ?」


 カノンがそう聞くとガルフは唐突に幻魔法らしき詠唱えいしょうを始める。そして「幻魔降臨げんまこうりん」と唱えると、ドームの反対側にデーモンらしき生命体が現れた。


「おい、何をするつもりだ」とカノンが言い終わるか言い終わらないかのうちに、聖犬の小さな体がボール状のかたまりになり、勢いよく生命体に襲いかかった。デーモンはギリギリのところで突撃をかわし、そこからミラの方に向かって来る。


「きゃあっ」と叫ぶミラの目の前にカノンが素早く移動してデーモンを牽制けんせいする。

「ラック、背後を頼む。ガル、裏切り者の魔術師を牽制けんせいしてくれ」


 しかし、ラックは動かずに平然と様子を見ている。一瞬思考が停止したカノンに向かって「バ〜カが」とガルフが嫌味たっぷりに言葉を発した。


 カノンは気が動転しながらも、ミラをまもることに意識を集中した。そこにイヌから変身した球体が飛んでくると、カノンの真上で光り輝く剣に変わった。

 腰から抜いた短剣を右手に持っていたカノンは左手に持ち換えると、右手を高く挙げて剣のさやを掴んだ。そこから間髪入れずに剣を振り抜くと光の波動が走り、目の前のデーモンに直撃する。すぐにガルフが作り出した幻影が霧散むさんした。


 すると剣はポンと音を立てて球体となり、地面に転々としたあと小さなイヌに戻った。「アン、アン」と嬉しそうに二度鳴いた聖剣に向かってミラが「ありがとうバディちゃん」と優しく声をかけた。


「バディちゃん?」

「ええ、勇者様たちは聖剣のことをバディと呼んでいたと」

「ああ、そうだった。聖剣がペットみたいな名前で呼ばれていたのはそういうことか」


 カノンとミラがやりとりしていると「おいおい、人を裏切り者呼ばわりしておいて無視かよ」とガルフが嫌味たっぷりに話しかけた。


「すまない、本当にミラを攻撃するのかと」

「カノンはやっぱり間抜けだな。ラックはすぐに目的が分かっただよ」


 するとミラが「カノンは私を守ろうと必死になってくれたの。そんなに責めないで」と微笑みながら擁護ようごする。ラックが「冗談だ。でもカノンはミラのことになると我を失うだな。やっぱりれてるだな」と言うと「違います!」とミラがピシャリと否定した。


「なんでミラが否定するんだよ」

「クハハハハ!」


 カノンの動転にガルフも態度を軟化させた。


「頼りねえ勇者だな。見捨てて帰ろうと思ったが、面白え生き物も加わったし、せいぜい間抜けな死に様を見届けてやるか。ちったあ美味いラズベリーパイが焼けるように火魔法を練習するんだな」

「このエロ魔術師が一緒となるとミラが心配だな。ラックも日雇いでしばらく同行してやってもいいだよ」

「本当か?」

報酬ほうしゅうは割増だよ」


 ミラが「ガルフさん、ラックちゃん、これからもよろしく」と嬉しそうに言うとカノンも「よ、よろしくな」と照れ臭そうに続いた。


「アン、アン」とバディは鳴きながら短い尻尾を振る。


「よし、戻って聖王に報告だ。で、どうやって戻るんだこれ」

「その場で地上に転移できるんじゃなかっただか?」


 するとバディが「アン、アン、アン」と鳴きながらガルフたちが来た道の方に歩き出した。

「何となくだけど、ホーリードラゴンのところまで行こうとしてるみたい。」とミラが説明する。


「そうか、あのドラゴンは地上への帰還きかんのガイドでもあったんだな」

「よしラックと競争だぞ」


 ラックが疲れなどどこ吹く風とばかりにバディを追いかける。


「賑やかなパーティーになりそうだな」

「うふ、そうね」

「本格的な旅はここからだな。さっさと勇者に認めてもらって、デュソーを出迎えるか」

「カノン、そんな態度だとクランスールで神官長さまに門前払いされますよ」


 魔王として真の野望を果たすための仮初めの勇者としての旅が始まる。しかし、この時とばかりにカノンの心は弾んでいた。


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『聖魔逆転』は一旦シリーズ終了となります。

ご愛読ありがとうございました。

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