第60話 奥の部屋

「いよいよだな」

「ああ、さすがの俺もゾクゾクしてきたぜ」


 ラックとガルフの表情も明るい。カノンも期待に胸をおどらせた。まっすぐ伸びる道をしばらく歩くと両扉のドアが出現した。その中央にカノンの額と同じ勇者の印が金色に光っている。大きなは額のそれの10倍はあるだろうか。近くまで行くと額の印が反響し、あわい金色の光で結ばれる。そしてゆっくりと扉が開かれた。


 カノンはゴクリとつばを飲み込み、先頭を切って進んだ。誰に指示されるでもなく、足が勝手に向いていく感覚だった。一行はひたすら伸びる道を進んだ。ダンジョンというよりは異空間に入り込んだような感覚だ。

 モンスターや障害物に遭遇そうぐうすることもなく数刻歩き続けたが、不思議と誰も言葉をはすることがない。いつもならあっちに行ったりこっちに行ったりと落ち着かないラックもカノンに従って同じ速度で付いてくる。


 どれだけ歩いたのか記憶もぼんやりして来た頃、ようやく目に見える行き止まりに先ほどと同じ扉が見えた。再び勇者の印が反響して扉が開く。何の疑問を抱くこともなく一行が通過すると、先はドーム型の小部屋になっている。そして中央に小さく丸まっている生き物がカノンの目に留まった。


「い、イヌ?」

「イヌだな」

「イヌに違いねえな」

「イヌですね」


 四者がほぼ同時に、呆気あっけに取られて声を発していた。確かにイヌだ。しかも熟睡じゅくすいしている。背中のあたりが呼吸に合わせて少し動いているので、生きていることは間違いないが、だからなんだとカノンは疑問に思いかけて、唐突にドラゴンとは比較にならないほどの拒否反応が襲いかかってきた。


「グアアアアア!!!」

「カノン、しっかり」


 ミラがカノンの額に胸に押し付けて抱きしめる。ラックとガルフが「あわわっ」「ケッ」と声を発したのは聞こえたが、カノンには柔らかな感触を堪能たんのうしている余裕などなかった。


 気を失ったような感覚から我に変えると苦痛は止まっていた。様子の変化を察知したミラがようやく胸からカノンの額を解放し、まるで未熟児をあやすように優しく頭をでた。


 おそらくミラを含む一行に、カノンが純然たる勇者でないことは悟られているだろう。しかし、今のカノンにはもはやそんなことはどうでも良くなっていた。仲間たちの存在が、ただただ心強かったのだ。

 もちろん断片的ながら記憶に残る魔王としての使命を忘れたわけではない。行く行くは袂を分かち、覇道はどうを邪魔するならば抹殺まっさつしなければならないだろう。しかし、それまでは・・・目覚めてしばらく、妙な感傷に浸っていたカノンに「アンッ」と鳴き声が聞こえた。


「イヌ、いつ起きたんだ?」

「とっくに起きてるだよ」


 イヌのそばに寄っていたラックが背中の横をなでると気持ちよさそうにしている。それにしても小さい。


 カノンがそう思いながらながめていると、それまで黙って物思いにふけっていたガルフが「あ、思い出した」と声を発して一行を驚かせた。


「何だいきなり?」

「オヤジが勇者シャインの仲間に加わってから何ヶ月かして、ガルフの街に戻ってきたんだけどよ。その時に小さなイヌを連れてて、それがコイツとそっくりだった」

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