聖騎士デュソーの旅(1)

 聖騎士デュソーは聖王ラウマの命を受け、勇者を補佐する仲間の一人を引き入れるために旅路たびじを急いでいた。さらに、この旅にはもう一つの目的がある。

 勇者の資格者であるカノンの世話役に任命されてから七年もの間、ランスの村とシャイロンを往復するだけの生活が続いた彼は実戦感覚の衰えを感じていた。聖王の命によりこの先も勇者カノンのパーティーの一員として同行することが決まった以上、まずは失われた感覚を取り戻さればなるまい。



 先日、ガルガリア王国のローアン辺境伯領からアストラールの聖都シャイロンへ移動する道中でぞくに襲われた時のことを思い出した彼は、ひとり苦々しい顔をした。

 馬車のほろから飛び出て二人をり伏せたまでは良かったが、別のぞくから放たれた吹き矢の毒で気を失ってしまったのだ。デュソー自身はもともと毒に対する耐性があるため致命傷にはならなかった一方で、パンネルの助けがなければカノンやルーアを失っていたかもしれない。


 勇者の資格者をそんなところで死なせたとあっては、聖騎士の名折れだ。死をもってもつぐないきれない。

 また、デュソーはカノンの成長を見守る同業者として極力意識しないようにしていたが、ともに襲撃されたルーアに異性として好意が芽生えていた。十数年ぶりに味わう感情だ。彼女の命こそ失われなかったものの、デュソーが気を失っている間にルーアとカノンの間に何かが起きたらしく、底抜けに明るかった彼女の心は固く閉ざされてしまった。


 おそらく、もう二度と彼女に会うことはないだろう。

 それでも不甲斐ない自分を今一度きたえ直し、正式に勇者として認められたカノンを自らの命に代えても魔王のもとまで送り届ける。それこそがらルーアのこれまでの働きに報いる唯一の手段であるように思うのだった。



 単身のデュソーが目指すのは、アストラールの聖都シャイロンからはるか南西にあるグランの森だ。

 彼が考える仲間の候補はただ一人。かつて先代勇者シャインのパーティーメンバーとして共に戦った射術士しゃじゅつしロミに他ならない。彼もまた、決戦の地で勇者シャインと魔王ゲラの消滅に立ち会った者であるがゆえに、仲間たちを救うことができなかった後悔を抱えているはず。


「(ひねくれ者のカノンを受け入れてくれるかだけが問題だが・・・)」


 そんな懸念けねんを抱えながら馬を走らせていると、上空から耳慣れた笛の音が聞こえた。馬が悲鳴を発して立ち上がってしまったので、デュソーは振り落とされる前にくらから飛び降りる。


「おーい、デュソー!」


 空を舞う大きな影はロック鳥のクリムだった。もちろんパンネルも一緒だ。彼はぶんぶんと大きく手を振りながらも、クリムのダイナミックな動きを見事に制御せいぎょし、声が聞こえる距離まで急降下してきた。


「これはパンネル殿。如何いかがなさいました?」

「偶然通りかかって、というのは真っ赤なうそで・・・詳しくは少し先にあるハレイの村で話すよ。クリムには離れといてもらうからさっ。じゃ、またあとでねぇー!」


 それだけ言い残すと、パンネルはクリムとともに颯爽さっそうと去っていった。ロック鳥の移動能力と、それをいとも容易く操るパンネルの鳥使いとしての技術には、毎度のことながら驚かされるばかりだ。



 天敵の姿が見えなくなった後も怯え続ける馬をなだめるため、デュソーは四半刻近くをその場で過ごす羽目になった。

 それから二刻も馬を走らせると、街道の右脇に低い柵で囲われたハレイの家並みが見えてくる。彼は門番の中年男性に素性を告げて入れてもらい、馬を預けて村にただひとつの宿屋である『小熊の安らぎ』を訪れた。


 事前に待ち合わせていたわけではないが、パンネルならば酒場にいるはずだという確信がデュソーにはあった。そして予想通り、小柄な彼は一階の酒場でワイングラスを手に待っていたようだ。

 外見的にはおよそ似つかわしくないが、彼は”やまびこ族”の立派な成人だ。そして、下戸のデュソーとは正反対の大酒豪なのである。


「もう二刻近く待ったぞぉー。ほら、すでにひと瓶空けちゃったよ」


 デュソーが相席すると、彼は空のボトルを軽く振ってみせる。


「そうか、待たせてしまってすまない」


 飲酒時の悪癖あくへきを自覚しているデュソーは、大人しくハーブティーを注文するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る