聖騎士デュソーの旅(2)

 デュソーが頼んだのはシモン草のハーブティーだ。シモン草は少し苦味があるものの、目覚ましに適した薬草として広く認知されている。ランスの村でともに暮らしていた頃にルーアが毎朝れてくれていた、デュソーにとって思い入れの深いものだった。

 酒ももちろん嫌いではない。しかし、飲むと記憶を失い、気が付くとほほに手のひらの跡があることもしばしばだ。この七年の間、ルーアにも何度か嫌味を言われた。



 ハーブティーが丸テーブルに置かれると、パンネルは「僕ってゆーか、ラミア伯からの提案なんだけどぉ」と切り出した。


「馬の速度じゃ、どんなに飛ばしたってグランの森に行って帰ってくるまでにカノンがダンジョンから戻ってきちゃうんじゃない? 今もこんだけ時間かかっちゃったわけだしぃー」

「それは・・・そうだな」


 パンネルはニコッと笑いながら、「だよね」と相槌あいずちを打つ。今の問いでデュソーには何が言いたいのかさっしがついた。

 目的の地までロック鳥で運んでくれようとしているのだ。運賃はもちろんラミア伯持ちで。たしかに彼には、聖王からの許しが出ればロミと共にカノンを助けるつもりだという話はしていたが、それにしても気が利く人物である。


「パンネル殿。実はこの旅は私の訓練も兼ねていて、途中でいくつかの場所を通って行くつもりなのだ。ずかしながら、実戦感覚が相当鈍っておる」


 デュソーは苦い顔で申し出た。情けないといったらない。


「そっかぁ、あれを気にしてるんだね」


 ぞくによる襲撃しゅうげきの一部始終を見ていたパンネルは、デュソーが言わんとすることを理解してくれたようだ。


「改めて助けていただいたこと、恩に着る。そして、不甲斐ない姿をお見せしてすまなかった」


 そう言いながらデュソーが頭を下げると、パンネルは明るい声で「それならさっ!」と新たな提案をする。


「ガルロー山の頂上で下ろしてあげるよ。あそこにはふもとに通じるダンジョンがあって、魔王から直接影響を受けない類のモンスターが多く生息してるでしょー?」

「ああ。足を踏み入れたことはないが、そう聞いているな」


 デュソーはだいぶ前にロミから聞いた話を思い出した。


「そいつらを倒しながら下って行けば、出口に着く頃には実戦感覚もかなり戻ってると思うなぁー。おまけにグランの森は目と鼻の先だしさっ」


 パンネルの申し出はありがたいが、果たしてそこまで気をつかわせて良いものかとデュソーは困り顔だ。すると、パンネルは彼の心配を見透みすかしたように付け加えた。


「どっちにしてもロック鳥は平地の森が嫌いだから、グランの森の真上で下ろすことはできないんだ。だから、ね?」

「・・・ならば、そうしよう。恩に着る」


 頭を垂れようというデュソーを、パンネルがチッチッと右手の人差し指を振りながら制する。


「ラミア伯の頼みだからね! 謝礼しゃれいはたんまりもらうからお礼なんて言わなくていいよぉー」


 可愛らしい童顔によく似合うウィンク付きで彼は言った。


「分かった。後日、必ず辺境伯領に立ち寄ろう。礼はその際に」

「うん、ラミア伯にねっ!」


 屈託くったくのない笑顔のパンネルに、デュソーは少し気持ちが楽になるのを感じた。ラミアもパンネルも、立場あるデュソーにとっては数少ない"頼れる"相手だ。


「馬はシャイロンからの借り物なので、この村に預けて行こう。少し休んだら出発できるか?」

「いや、今すぐでいいよ。運ぶのは僕じゃなくてクリムだからねっ」


 即答するパンネルは、ワインをひとびん空けたとは到底信じられないほどの素面しらふだった。

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