聖騎士デュソーの旅(3)

 パンネルとともにロック鳥クリムの背にまたがり、シャイロンから四千カイルほど離れたガルロー山を目指す。



 パンネルによれば、クリムは巣立ちをしてまだ間もない若い個体とのことだった。以前乗せてもらったマイリーは彼の母親で、彼女から大切な息子を預けられた形だ。

 デュソーは、二回りほど大きかった彼の母親の背中の感覚を思い出した。勇者シャイン、大聖女ノアル、大魔術師ソーサー、射術士ロミ、吟遊詩人ポルンと六人で"死の絶壁"を越えて魔王ゲラが支配していたグロドールの地に突入するのを手助けしてもらった覚えがある。


 当時、ワイバーンが飛び交う危険な空域を抜けられたのはパンネルとマイリーのお陰だった。パンネルは報酬ほうしゅうのことばかり口にするが、任務のためならば危険もかえりみないプロフェッショナルであることをデュソーは知っている。

 今回もラミア伯の頼みだからとは言うものの、わざわざガルロー山の頂上まで連れて行ってくれるというのは顧客こきゃくであるデュソーの意思を最大限尊重してくれている証拠だ。


「ねえねえ、これは単なる興味なんだけどさぁ。デュソーはルーアって子のどこにれたんだい?」


 唐突な質問にデュソーの声が裏返る。


「ほ、れたなんて言っておらんだろう?! 同じカノンの教育係として長い付き合いだし、危険にさらしてしまったことを・・・その、騎士としてじているだけだ」

「へぇえー。聖騎士サマもうそを吐くことがあるんだねぇー」


 雄大な姿で飛翔するクリムの首筋をでつつ、パンネルはニヤニヤしながらデュソーを見た。同調するかのようにクリムも「グワァー」と鳴き声を上げる。


「言っとくけど、やまびこ族は人間の何倍もかんが鋭いんだからねぇー? 少しでも気になろうもんなら、その瞬間に相手にはバレバレ。だから、やまびこ族に告白なんて習慣はないんだよ」


 うそを吐く相手を間違えたデュソーは素直に謝ることにした。


「そうなのか。悪かったな」

野暮やぼなことは詮索せんさくしないけどさぁー? もうデュソーもいいおじさんなんだから、あとで後悔しないようにねっ」


 茶化すような言い方をするパンネルだが、その言葉には彼なりの思いやりとエールが感じ取れる。


「もし・・・」


 言いかけて口籠くちごもるデュソー。パンネルは「ん?」と先を促しつつも、いつになく優しい表情を向けた。


「カノンとともに魔王を倒し、真の平和を取り戻すことができたならば・・・その時には、ルーアを迎えに行こうと思う」


 デュソーは小さな声でつぶやく。ともすれば、風にかき消されてしまうのではないかという声量だったが、彼の前に座るパンネルの耳には届いたようだった。


「ふぅーん、それまでに他の誰かと結ばれてたらどうするワケ?」


 パンネルは意地の悪い質問を返してくる。しかし、その可能性ももちろんゼロではない。


「その時は・・・あきらめるさ」

「おいおい、時間は無限じゃないんだよぉ? やまびこ族はちょっとばかし人間より寿命が長いけど、僕ならそんな悠長ゆうちょうなこと言わずに行動するけどねぇー」


 他人への好意は迷わず告げると豪語する彼が一人者なのには理由がある。かなり前に最愛の人に病気で先立たれ、以来誰とも恋愛ができなくなってしまったのだそうだ。本人に聞いたわけではないが、デュソーは以前ラミア伯からそう聞かされたのだった。


「ほら。見えてきたよぉ、ガルロー山!」


 話を切り上げたパンネルが前方少し下を指差して叫んだ。出発から四刻ほどしか経っていないが、早くも目的地に到着したようだ。


 バサバサっと大きな両翼で勢いを殺し、クリムがガルロー山の頂に降り立つ。賢い彼は二本の足を折りたたみ、デュソーが地面へ降りやすいように全身をかがめた。


「クリム、良い子だねぇ。戻ったら御馳走ごちそうあげちゃうっ!」


 ロック鳥をあやす時のパンネルは、普段の人を食ったような態度とまったくの別人だ。


「パンネル殿、かたじけない」


 頭を下げようとしたデュソーを、パンネルは言葉で止める。


「お礼ならラミア伯にって言ってるでしょー? とにかく無事に戻ってきてよね。恋バナの続きも待ってるんだから!」


 彼らしい激励げきれいにデュソーは緊張がほぐれるのを感じた。


「うむ・・・まずは自信を取り戻さなくてはな。聖騎士としても、男としても」

「ま、あんま気負わずにさっ! 僕らは一旦ローアンに帰るけど、明日の今ぐらいの時間にはここで待ってるからねぇ」


 パンネルは迎えにも来てくれるらしい。ラミアに言いつけられているのかもしれないが、本当にどこまでも気の利く人物である。


「ああ、助かる。ありがとう」


 デュソーが例を述べると、「あ、そうそう」とパンネルは何かを思い出したかのごとく腰のかばんを開けてまさぐり始めた。じゃじゃーん、と取り出したのは一本のポーションだ。


「やまびこ族に伝わる回復薬でーす! ちなみにレシピは門外不出ねっ!」


 桃色の液体が入ったびんをデュソーに押し付け、彼は続けた。


「大抵のダメージや傷は治せるから、御守りだと思って持ってってよ。お代はラミア伯から追加でもらっておくからさぁー」


 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら舌を出すパンネルに、デュソーは改めて礼を述べる。それから、腰に刺した愛剣のさやでた。


「よし、行ってくる」


 ダンジョンの入り口を見つめるその横顔は、いつの間にやら勇敢な聖騎士のそれになっていた。

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