聖騎士デュソーの旅(4)

 ガルロー山頂には小さく盛り上がった箇所がある。そこの横穴がダンジョンの入り口だった。

 デュソー自身は入ったことがなかったが、このダンジョン内は魔王の支配圏内だそうだ。強力なモンスターたちの生息地として名が知れており、よほどの理由がなければ誰も近寄ろうとはしない。時折、ダンジョン内での縄張り争いに敗れてふもとの穴から出てきてしまった害獣がいじゅうを、エルフたちが訓練も兼ねて当番制で駆除しているとロミは言っていた。


 魔王の配下たちと渡り合っていた全盛期のデュソーならば、単身でも容易く攻略できただろう。しかし、勇者シャインに付き従ったのは二十年近くも前の話だ。デュソーほどの年齢に達した聖騎士は皆、直接戦地におもむくことのない管理職にくか、退役して聖殿の護衛ごえいなどを務めながら余生を送っている。

 本来ならば自分も、というのは考えるだけ不毛なので、デュソーは意識をダンジョンに集中させることにした。



 このダンジョンは、山頂からふもとへ降っていく構造を取っている。そのため、昼間であれば特別に明かりを灯す必要がない程度には太陽の光が入り込んでいた。所々に点在するブラインドゾーンとも呼ぶべき暗がりには、チラチラと蝙蝠こうもりの影が見える。

 蝙蝠こうもりは非常に強い繁殖力を持つが、裏を返せば、それだけ自然に淘汰とうたされる可能性が高いということでもある。人間やそれに準じる種族が滅多に足を踏み入れないダンジョン内においては圧倒的弱者であり、魔獣たちに捕食される側の可哀想な生き物なのだ。

 それでも山頂付近は通常、モンスターが闊歩かっぽしていることが少ないのだろう。蝙蝠こうもりの落ち着きぶりから、それはうかがうことができた。


 中心には吹き抜けのような大きな穴が口を開けている。デュソーといえど、落下すればひとたまりもないだろう。

 縦穴を中心とした螺旋らせん状のなだらかなスロープを注意深く下るデュソー。戦闘時に足を踏み外さないよう、おおよその幅を確かめながら進んでいく。


「ギャアアァア!!!」


 唐突に耳障みみざわりな鳴き声が響き、翼を持った人型のモンスターがおそいかかってきた。フライングキラーだ。蝙蝠こうもりたちは蜘蛛くもの子を散らすように飛び去っていく。

 デュソーはあらかじめさやから抜いていた愛剣を持ち換え、左手にはめた手甲てっこうを突き出して魔物を牽制けんせいにらみ合う。先に仕掛けたのはフライングキラーだった。


 デュソーは振り下ろされた鉤爪かぎづめを左の手甲で受け止めると、すかさず右手の拳を振り抜いてフライングキラーの胴体に撃ち込んだ。ガキーンとぶつかり合う音がして、デュソーは自らの攻撃が硬いうろこに防御されたことを理解する。


「キォアアアア!!!」


 耳をつんざくような咆哮ほうこうの後に、フライングキラーは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。発されるのは炎熱のブレスだ。

 対するデュソーは間一髪のところで闘気をまとって全身をガードする。次の瞬間には彼の全身が灼熱しゃくねつの炎に包まれたが、闘気によるよろいのおかけで火傷ひとつ負わずに受け流すことができた。


 必殺技が決まらなかったことに動揺するフライングキラーの隙を逃さず、前に乗り出しながら手甲てっこうをはめた左手を突き出すデュソー。彼の拳は、見事フライングキラーの胴体に風穴を開けたのだった。

 途端に生命力を失ったフライングキラーの身体は、中央に空いた穴の底へと飲み込まれていった。その場で倒すことができればそれなりに高価な石を落としてくれる上級モンスターだったが、足場の悪い戦場でそのような高等芸をこなす余裕が今のデュソーにはなかった。


 ランスの村でも日々の鍛錬たんれんは怠らなかったし、カノンとの戦闘訓練でたびたび使用していたため、闘気そのものは思い描いた通りに操ることができた。しかし、フライングキラーごときに闘気を使うことになるとは、実戦感覚が思っていた以上に衰えているようだった。

 そして、彼が何よりショックを受けたのは戦闘後の疲労の大きさである。ぞくに襲撃された際には毒で眠らされてしまったために感じることのなかった疲労感。たった一戦、たった一回の闘気の使用で息が上がるなど、若い頃は味わったこともない感覚だ。


 やまびこ族の回復薬といえば、戦闘によって受けた傷やダメージだけでなく、体力の低下や消費された魔素の回復もしてくれる万能薬だったはずだ。できれば使わずに取っておきたいが、そうも言っていられないかもしれない。

 渡してくれたパンネルは"御守おまもり"と言っていたものの、もしかすればこうなることを彼は見抜いていたのではあるまいか。デュソーはパンネルの心遣こころづかいに感謝すると同時に、いっそうに情けなさを感じるのだった。

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