第17話 千年女王の侍女

「名前はリアンよ。出身はエルフの里。まあ、見れば分かるわね」


 リアンと名乗ったエルフは右手を差し出し、握手を求めた。ぽかーんと口を開けて放心していたミラが、慌てて両手で応じる。

 決して身長が低いわけではないミラだが、長身のリアンと並ぶと頭ひとつ分以上の差があった。


 エルフの里とは、アストラールの南西に位置するグランの森の奥深くにある、文字通りエルフが住処すみかとしている地だ。

 現在の首長はと呼ばれるグリアノールで、どうやらリアンはその侍女の一人らしい。彼女は情報収集という任務をされ、ドルムト大陸の各地を回っていると言う。



 女性二人はすぐに打ちけたようで、いつの間にやら並んでこしを下ろし、カノンをそっちのけでよもやま話に移行している。

 リアンは聞き上手なミラを気に入ったらしく、「そういうわっけなのよお〜」と弾丸のように話し続けていた。すっかりロレツが回らなくなっているのは、彼女が手にしているリンゴ酒のせいだろう。右手にグラス、左手にびんを持ち、話の合間に注いでは飲みを繰り返しているようだった。


 盛り上がっているのなら放っておこうと考えたカノンは、二人の正面にかわいた枝を集め、魔法で火を付けた。リアンはともかく、旅の供であるミラに体調を崩されてはたまったものではない。


「気が利くじゃらいかぁ〜、しょーねん」

「カノン、ありがとう」


 話を続けながらもきちんとお礼を言うあたり、二人の性格の良さがうかがえた。

 ひとまずカノンは火を挟んで二人の向かいに座り、ハッピーハーブティーが入ったポットを火にかける。中身が温まったのを確認して、きもせず相槌あいずちを打ち続けているミラに手渡した。

 カノンもはじめは旅の参考になる情報はないかとリアンの話に耳を傾けていたのだが、完全に酒が回ったためか、同じくグリアノールに仕えるイリアという侍女の愚痴ぐちが始まった途端とたん退屈たいくつになってしまった。まさしく罵詈雑言ばりぞうごんのオンパレードで、どんだけ嫌いなんだと心の中で密かに考えるほどだった。


 さすがにミラも見かねたのか、話題を変えようと、今度は彼女から問いかけた。


「あの〜、リアンさんは徒歩で旅をされているのですか?」

「まっさか〜! ちょっと待ってね・・・」


 そう言うと、リアンはリンゴ酒のびんを地面に置き、右手を口元まで持っていった。指笛を鳴らそうとしたようだが、ぷー、ぷーと不発に終わる。


「んんっ? あれぇ〜?」


 これだけっていたら上手く吹けないのも当然だろう。幼い頃にデュソーやルーアから聞かされていた、エルフのりんとしたイメージが完璧にぶっこわれた瞬間だった。


 「まあ、とにかく野営したいろよね。せっかくらから、ここに泊まって行きらさいな」


 リアンは一人旅の達人らしく、デュソーが持っていたのと同じ魔法の袋にキャンプ道具をそろえていた。バーベキュー用の石板で、カボチャやナスを手早く焼いていく。指笛は吹けなかったくせにそれはできるんかい。

 仕上げにエルフの里周辺でしかれないというハーブの粉をふりかけると、なんとも香ばしい匂いが広がった。隣の小さななべには、グランの森でれたという山菜のスープがぐつぐつと食欲をそそる音を立ててえている。


「いらなくなっちまったな、調理道具」


 カノンはため息とともに、せっかく運んできたリュックの中身の大半が不要になってしまったことをなげく。


「あはは・・・。でも、朝ごはんは私が作りますから! リアンさんも食べてくれますよね?」

「お〜。じゃあありがたく、いたらくわ」


 絶対に覚えていないだろうと、カノンはっ払いエルフを見ながら思った。しかし、怒らせると怖いタイプに見えたので余計な口は挟まないでおく。



 のグリアノールという名前は、十五歳までランスの村をほとんど出たことがないカノンでも知っていた。父親のハンスが所持する数少ない書物の中にも、グリアノールに関する記述がいくつも登場したためだ。

 魔王ゲラの記憶にも、その名前は確かにある。勇者を除けば、ドワーフ王のバルモンと並ぶ宿敵と認識されていた。勇者シャインの誕生まで、しばらく魔王だけが世に存在した時期があったのだが、そのさいに魔王の進撃しんげきを食い止めていたのがバルモンとグリアノールだった。


 カノンの中にある魔王ゲラの記憶は断片的だ。しかもグリアノールと直接戦ったことはないため、くわしいことは分からないが、最高級の水魔法の使い手であることは知ってる。実際、グリアノールの率いるエルフと戦った魔王軍の一隊が壊滅した惨状も記憶の中にある。魔王に水魔法は通じないものの、配下の大半には脅威だったに違いない。

 そして、いま目の前にいるリアンもただ者ではないはずだ。ただのにしか見えない彼女が一体どんな能力の使い手であるのか、カノンはエルフの内に秘める能力に末恐ろしさを感じた。


 リアンのテントとほぼ隣接りんせつするように、カノンは湖畔こはんに簡易テントを設営した。岩にロープを張り、二本の支柱を立てて、周りに幕をかけただけの簡素なものだが、夜風をしのぐには十分だろう。



「あら、その中に二人で寝るのぉ?」


 就寝しゅうしん前、少しいが覚めたリアンがからかいに来た。本当はカノンだって聖女と一緒に寝るなど、吐き気をもよおすほど魔王センサーが反応しまくることが分かりきっていたので嫌だった。

 しかし、徒歩での旅ということで、可能な限り荷物をコンパクトにしてきたのだ。調理道具という想定外の荷物を除いては。


 夜中に火を起こしておくと夜襲やしゅうの危険があるということで、リアンが周りの空気を温かくする風魔法をかけてくれた。


「へぇ、こんなこともできるのか。ありがたいけど、もはやテントすら要らなくなっちまったな」


 ぼやくカノンにリアンはクスリと笑った。


「いいじゃない、気分が大事でしょ? 私プライベートをのぞき見する趣味しゅみはないから、お二人で楽しんでね。おやすみなさーい♪」


 意外なことにミラの反論はなかった。おそらくというワードをリアンが使ってこなかったからだろう。やたらと距離が近いのも、異性とのスキンシップに無頓着むとんちゃくなだけで、本当にカノンに気があるわけではなさそうだ。

 いや、そもそも勇者を装うカノンもそんなことを望んでいるわけではないのだが。魔王と聖女という本来の関係を考えても、絶対に恋人のようになるべきではない。いずれは排除するべき対象に過ぎないのだから。


「(今は、利用してるだけだろーが)」


 頭では理解しているが、なぜか胸のあたりがチクリと痛んだ。

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