第18話 エルフ美女とペガサス

 目が覚めると、カノンはミラのにされていた。しかも、二つのの間に顔が挟まって息苦しい。おどろいて飛び退いた次の瞬間、頭がテントの幕に当たってしまい、バサッと音を立てて崩れる。

 もろに朝日を浴びた目が痛い。次いでミラもあくびをしながら起き上がった。


「う〜ん、おはようございます〜。あぁっ?!」

「どうした?」

「ご馳走ちそうしてもらったお礼に、朝ごはん作るつもりだったのに〜」

「今から作れば・・・」


 カノンはそこまで言いかけて、すぐ近くからただよってくる良い香りに気がついた。

 振り返ると、リアンが鼻歌を歌いながら上機嫌で何かを作っている。昨晩の約束など全く覚えていない様子だった。

 


「あら、目が覚めたのね! 起き抜けのハーブティーなんていかが?」


 おだやかな笑みをたたえ、リアンは火にかけていたお洒落しゃれな模様のやかんを優雅ゆうがに持ち上げる。昨日のっ払いとはまるで別人だった。だまっていれば美しいとはこういうことをいうのだろう。

 朝ごはんも夕食同様、なかなかに豪華ごうかだった。エルフの里の野菜をふんだんに使ったサラダにパン、干し肉も焼いてくれていた。結局、シャイロンからカノンたちが持参した食材はお礼代わりに、リアンにそのまま渡すことにした。


「さてと! 食事中に申し訳ないけれど、私はもう行くわね。そのお皿は差し上げるわ。軽くて割れない便利なキャンプグッズだから、どうぞ使って!」

「わぁ、ありがとうございます!」


 両手を合わせて喜ぶミラ。一方のカノンは、さらに荷物が増えることにげんなりした。


「それじゃあねん。未来の勇者サマと大聖女サマ♪」


 リアンの台詞にミラが目を見開く。


「あれ、知ってたんですか? こちらの素性は特に話していなかったはずですが・・・」

「カノンのひたいを見れば誰だって分かるわ」


 不思議そうに首を傾げるミラを見て、リアンが笑いながら即答した。出会った時から気にする素振りすら見せなかったはずだが。


「わざわざ聞くだけ野暮やぼってものよ。それにミラ、あなたはノアルとそっくりだもの」

「えっ、ノアル様をご存知なのですか?」

「直接お話ししたことは数えるほどしかないけれど、ロミ・・・ごほんっ」


 彼女は美しい顔に似合わず、あわてて大きな咳払せきばらいをした。つくづく見た目と行動が合致しない女である。


「じゃあ行くわね。きっと、またどこかで会えると思うわ」


 使用した食器を風の魔法で綺麗にし、まとめて魔法の袋に仕舞い込んだリアンはミラと目線を合わせ、ポンポンと頭を優しくでた後に、ピーッと美しい音色の指笛を鳴らした。


「なっ・・・ペガサス!?」


 舞い降りたのは翼を持つ白馬だった。てっきり伝説上の存在だと思い込んでいたカノンは、あんぐりと口を開けている。


「初めて見ました。綺麗きれいですね〜!」


 ミラは心底おどろいたというふうに、両手で口をおおいながら言った。


「エルリックって呼んであげて。私の相棒よ」


 二人のリアクションに満足したらしい。自慢げな表情のリアンがミラに小さな袋を手渡す。


「エルフの里のハーブよ。料理の調味料にもなるし、ハーブティーにもなる。旅の疲れも取れるから。まあお近づきの印ってことで!」


 彼女はそう言い残して、ふわりと身軽な動作でペガサスにび乗り、大空へと舞い上がる。どんどん小さくなり、やがて見えなくなった。



「不思議な人でしたね〜! 親しみやすいのにミステリアスで、ちょっとあこがれちゃうかも」


 一行も荷物をまとめ、旅を再開させた。

 足取りも軽く、ミラは大きなひとみを輝かせている。カノンとしては、できれば見習ってほしくはないし、そのままのミラでいて欲しいのだが。


 リアンが振る舞ってくれた食事とハーブティーのおかげか、蓄積ちくせきされた疲労もすっかり取れた。魔王の器を取り戻せば、あの気のいいエルフも敵となってしまうのだと思うと、カノンは少し寂しく感じたのだった。

 こうして誰かと出会う度に感傷に浸っていてはキリがないことは分かっている。しかし、魔王の意思を引っ張り出そうとしても、勇者の印に阻まれてしまう今は仕方のないことだとも思う。心と身体が一致すれば、世界をやみで支配する欲望が戻ってくることだろう。


 下を向き、眉間みけんしわを寄せて考え込むカノンの顔を、再びミラが心配そうにのぞき込む。このやりとりも、もう何度目だろうか。「なんでもない」とすぐに我に返ったカノンに彼女は安心したようだった。



 陽が高くなるまで街道を歩き続けると小高い丘の上に出た。なだらかな一本道を下った先にグラダの町らしき景色が広がっている。喜びにミラの顔をちらと見ると、彼女もまた笑顔でカノンを見つめていた。


 いよいよ魔術師探しの幕開けである。

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