第13話 魔王再臨の確信

 ミラと行動を共にしてから、断片的な記憶のフラッシュバックこそあるものの、魔王の意思にあやつられにくくなっていることにカノンは気がついていた。ただ、そのからくりはまだ分からない。


「カノン、お待たせてしまいました。もう大丈夫です」


 すっかり顔色の良くなったミラが語りかけた。


「立てるか?」

「はい、ばっちり!」



 次にやるべきはゴブリンの死骸処理しがいしょりだ。

 人間が死んだまま放っておかれると、アンデッド化してしまうことがあるというのは、この世界の常識である。しかし、ゴブリンのようなモンスターの類も、死骸しがいを放置することによってアンデッド化することはあまり知られていない事実だった。アンデッド化したモンスターが人間の生活圏まで踏み込んできた日には面倒なことこの上ない。


「あの、除霊じょれいすればいいですよね?」

「ああ、そうだな。それなら屍肉しにくをそのままにしてもアンデッド化しないって話だろ?」

「怪物であっても除霊をすることで、肉体を土へとかえすことはできると思います」

「ならそれでいこう」


 回復したばかりのミラに無理をさせたくはなかったが、最優先するべきは日がれる前に森を抜けることだった。


「(そもそも、魔王が死骸しがいのアンデッド化を心配する義理ねーだろ・・・)」


 カノンは、人間の良識には決して染まらないと固くちかっている。しかし、先ほどのミラを守ることを優先した戦い方といい、この聖女との出会いによって自分の中の何かが急速に変わり出したことは疑いようがなかった。

 シャインが成り代わっている魔王のもとへたどり着くまでの仮初の振る舞いに過ぎないと、彼は自身に言い聞かせる。絶対にほだされてなどやるものか。そして、雑念を振り払うように頭をぶんぶんと横に振った。



 カノンは三体の亡骸なきがらを一箇所に集め、そこから先はミラに委ねた。

 彼女は胸の前で両手を組みながら、聖語と呼ばれる古代語をいくつか詠唱えいしょうする。魔王センサーが嫌悪を示し、カノンは背中をツーっとなぞられているような感覚におちいった。


「神のもとへと魂がみちびかれんことを・・・昇天(アセンション)」


 最後に両手を大きく広げながら、ミラは高らかに言い放つ。

 すると、ゴブリンたちの体から白いけむりのようなものがき立ち、上空へと立ち昇った。天から光が差し込み、亡骸なきがらがさらさらと砂のように分解したかと思えば、次の瞬間にはすうっと地面へ吸収されていった。文字通り土にかえったようだ。


 地面にはボロ切れのような衣服と彼らが使用していた武器が残されるのみだった。さすがにこれらは放っておいても問題ないだろう。


 立ち去ろうとしたカノンの視界の端に、キラリと光るものが目に入る。それはゴブリンの衣服の間からのぞいており、メダルのようなものだった。金でできているようだが、このあたりで扱われている金貨には見えない。

 カノンは足で布をけ、き出しになったメダルを拾い上げる。ミラが大きな目をさらに大きく見開いて、興味津々に覗き込んできた。本当にいちいち距離が近い。


「わぁ、綺麗きれい〜!」

「ミラが預かっておいてくれ。もしかしたら、路銀の足しくらいにはなるかもしれないし、お前の除霊によって見つかったものだからな。初仕事の報酬ほうしゅうってモンでもないけど」

「ふふっ、ありがとうございます」


 ミラはツンとそっぽを向くカノンの横顔に笑いかけると、両手でそれを受け取った。不潔なゴブリンが所持していたものだし、ちゃんと拭いて渡すべきだったかとカノンは少し後悔した。



 その後、森を抜けるまでに二度の戦闘があった。


 まずはコボルト四体の群れだ。この戦いは危なげなく勝利を収めることができた。

 しかし、四体を全て倒すまでに十五振りを要したことは反省すべき点だろう。デュソーならば、この程度の人型モンスターは一体につき一撃でほふることができたはずだ。実戦経験によって感覚が鋭くなっている実感はあったが、同時に自身の未熟さも突きつけられるようだった。やはり百の訓練より一の実戦である。


 おどろかされたのは、ミラの学習能力の高さと敏捷性びんしょうせいだった。

 ゴブリンとの戦闘を経て、彼女のポジショニングは飛躍的ひやくてきに改善されていた。カノンの刀の軌道の邪魔にならず、かつ背中の目となれる位置を着実に維持してくる。カノンとしては、戦いやすいことこの上なかった。さすが少なくはない聖女の中から補佐役として抜擢ばってきされただけのことはある、と彼は感心した。

 また、長い間デュソーとの稽古けいこに明け暮れてきたカノンには及ばないものの、とにかく反射神経に優れていた。指示を受けたり、敵の攻撃動作を見切ったりしてから動作を起こすまでのラグがほぼないのだ。

 パーティーは勇者シャインの時と同様に少数での編成となるだろう。もちろん、彼女の主な役割が周囲の補助・回復であることは変わりないが、何かしらの攻撃手段を身に付けさせるのもアリかもしれない。



 次の相手は、ホスの森にはいないと聞かされていたはずの魔狼まろうだった。幸い群れは作らず単体で行動していたようだが、野犬の二倍はあろうかという大きさで、こちらにはそれなりの苦戦を強いられた。カノンの中で先の二戦とは比べ物にならないほどの高揚感こうようかんが先走り、刀の振りが雑になったところの肩口を狙われてしまった。

 ハードレザーによって牙の勢いは多少殺されたようだったが、それでも鎖骨さこつにヒビが入るほどの衝撃しょうげきを受けたカノンを、ミラの聖魔法が救った。彼女がカノンのの背後から「聖光(ホーリーライト)」と短く口にすると、ロッドの先端が光って狼の両目をつぶしたのだった。


 カノンは肩の痛みに耐えながら大刀を振り下ろすも、一刀では巨大な魔狼まろうの頭部を落とすことは叶わなかった。やはりミラの補助魔法がないと、大型獣を一撃で仕留めるのは難しいようだ。

 しかし、突然目を潰され混乱する魔狼まろうにとどめを刺すこと自体は造作もなく、絶命した魔狼まろうはゴブリンやコボルトと違いその場で霧散むさんした。


 カノンはミラの治癒魔法ちゆまほうを受けながら魔王の再臨さいりんを確信した。魔狼の活動が何よりの証左だった。

 勇者側がそうであるように、魔王側の時間も刻々と進んでいるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る