第12話 聖衣の加護

暗くならないうちにホスの森を抜けるため、カノンとミラは足を速めた。


「グビャアアア!!!」


聞き慣れない声が一帯にひびく。突如、カノンたちを取り囲む茂みがれ、三体の人型モンスターが行く手を阻んだ。ゴブリンだった。

彼らは汚らしくよだれしたたらせ、何かの言葉とも叫び声とも分からない音で、互いにやりとりしている。


「ミラ!」

「はい!」


ミラはカノンの斜め後ろに立ちながら、神官のロッドをかまえた。殺傷力さっしょうりょくは無きに等しいこの装備そうびも、防御ぼうぎょ牽制けんせいを目的とする上では有用だ。

カノンは、ミラが自らの大刀の軌道にいないことを確認すると、太いにぎって一息にその背から引き抜いた。


「神の御加護ごかごのもとに、かの刃に聖なる力を与えよ・・・攻撃力付加(エンチャント)!」


ミラが呪文を詠唱えいしょうしながら、左手を大刀に向けてかざす。握りしめた得物に、魔力が加わるのをカノンは感じた。

カノンは大刀を両の手で握り直し、集中を高める。目標は今まさにおそいかかって来ようかという正面のヤツだ。


一人と一体がけ出したのはほぼ同時。この一騎打ちは、刃渡りの長い武器を持つカノンに分があった。

彼はゴブリンが振りかざした短剣が自らに届く前に、素早く袈裟斬けさぎりを放つ。勝負は一瞬だった。


カノンはデュソーから教わったことがある。人間あるいは人型のモンスターというのは、一発で首を飛ばすのが理想だが、相手も最大の警戒けいかいを払っている部位なので、いきなり狙うのは難しい。少し距離のあるところから一気に仕留める場合は、斜めからりかかるのが定石じょうせきなのだそうだ。

今回は確実な手応えがあった。その証拠にゴブリンの体は首から斜めに切り裂かれ、その場に転がっている。残るは二体だ。


カノンが一体目を斬り伏せている間に、ミラから最も近い位置ににいたゴブリンが刃こぼれだらけの長剣で彼女に斬りかかった。

しかし、ミラはロッドでの防御ぼうぎょに成功する。未だ表情は緊張しているものの、訓練の成果はしっかりと出せているようだ。


「ファイアフォース!!」


左手を大刀から離し、突き出しながら呪文を叫ぶ。掌ほどの大きさの火の玉は、見事ゴブリンに命中した。狙い通りだ。

今のカノンに殺傷力さっしょうりょくのある火魔法は出せないため、先ほどの攻撃は時間稼ぎにしかならない。それは十分に承知していた。


「グガガガッ・・・」


ゴブリンはうめき声を上げている。ヒト語に訳すなら「熱い」といったところだろうか。

火が効いているうちに二体目を仕留めてもよかったが、カノンは背後から様子をうかがっている三体目に向かうことにした。他の二体よりも切れ味の良さそうな武器を構えているため、斬りつけられた際のリスクを考えてのことだ。


カノンは身をひるがえし、大股で四歩走った。一気に距離が縮まる。

敵は袈裟斬けさぎりを警戒けいかいしてか、一体目よりも上段に剣を構えていた。カノンは重心を落とし、ガラ空きになっているゴブリンの足元を狙う。横からぎ払うように大刀を振るうと、あわててけようとしたゴブリンの右足首を刃がとらえた。


ゴブリンは耳障みみざりな悲鳴を上げながら防御ぼうぎょの姿勢を崩した。今度は大刀を左上から袈裟に振る。一体目の時ほどの手応えは感じられなかったものの、立ち上がってこないところを見るに、少なくとも戦闘不能にはできたようだ。


反転して残るゴブリンの方へ戻ると、ミラが刃の一撃を食らっているところだった。体重の軽い彼女は簡単に吹っ飛ばされてしまう。

聖衣がキイーンと反響して、本来ならば主人に与えられるはずだったダメージを引き受ける。たしかにその反応は魔王ゲラの記憶で見たものと同じだった。


ミラが後ろに飛ばされたことで、彼女とゴブリンとの間に距離ができている。カノンは渾身こんしんの力で地面をり、その間に割って入った。力を込めたことでひたいの印が金色に輝く。

ゴブリンは攻撃対象をカノンに切り替えて斬りかかってきたが、聖騎士デュソーの剣戟けんげきに比べればまるでスローモーションだった。カノンは完璧に受け流すとそのままの流れで反撃に出る。


「ケッ、くらいやがれ!」


相手の威力を利用した一閃いっせんで、最後の一体の首を飛ばした。



驚いたことに、決着が付いてまず感じたのは勝利の高揚こうようではなかった。


「(魔王が他人の心配なんて、まったくどうかしてるぜ・・・)」


カノンも頭では分かっている。しかし、身体はミラのもとへと駆け寄っていた。右手を差し出し、引っ張り起こしてやる。


「あ、ありがとうございます」

「怪我はないな? 痛みは?」

「だ、大丈夫です。やっぱり・・・すごいですね、この聖衣。まともに斬られたはずなのに」


ミラは体を震わせながらも無理やり笑顔を作ってみせた。たしかに目に見える裂傷れっしょうなどはないが、体力の消耗は多分に見られた。初めての実戦なのだから無理もない。


「聖魔法は自分の回復もできるのか?」

「はい。ただ、集中力が要りますから。少し休めるとありがたいです」


カノンはカバンから水筒を取り出してミラに差し出した。

彼女は申し訳なさそうにそれを受け取ると、ゴクゴクと流し込む。上品にハッピーハーブティーを飲んでいた者と同一人物には見えなかったが、それだけ緊張感でのどかわいていたのだろう。


「ふぅ。助かりました〜」

「ああ」


カノンは返された水筒の軽さに水不足の危険を感じた。思っていたよりも消費が早い。

しかし、この森の中で湧水わきみずなどを探すよりも、早めに森を抜け、その先にあるという湖で補給するのが現実的であるように思えた。夜目が利くモンスターたちとの夜戦は可能な限りけたいという思惑もある。


「(そういや、今回の戦闘では魔王に乗っ取られなかったな・・・。コイツがいることで何かが違ったのかも)」


カノンは、自らに回復の聖魔法をかけている聖女ミラを一瞥いちべつし、小さく微笑ほほえんだ。

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