第11話 ミラの覚悟

 さらに歩くこと二刻、空を見上げると陽が傾き始めていた。日暮れまであと二、三刻といったところか。

 ミラを気遣きづかうのであれば、そろそろ野営の地点を決めるべきだろう。


 そう思案していたカノンは、折よくすれ違った行商の馬車を呼び止めた。勇者としての評判を損なわないよう、丁寧ていねいな言葉遣いを心がける。


「すみません、ここからグラダまではどのくらいでしょうか?」

「シャイロンから来たの? なら、ここでちょうど半分くらいかしらねぇ」


 御者台ぎょしゃだいには三十代と思しき夫婦が並んで座っていた。

 二人はカノンの紅い髪と瞳を見るなり、ぎょっとして顔を見合わせたが、すぐに奥さんが返答をくれた。


 カノンは「おどろかかせてしまいましたよね、ごめんなさい。この髪と目は生まれつきで」とできる限り丁寧に努めた。


「あぁ、いや。こちらこそ気をつかわせてしまって申し訳ない。お二人さん、恋人かい?」


 微妙な空気を誤魔化ごまかすように行商人は軽口を叩いた。

 そこに素早く反応したのがミラだ。彼女が「違いますっ!」と強気に否定すると、一同の間には再び微妙な空気が流れた。カノンはなんとも居たたまれない気持ちになってしまった。



 行商の夫婦は男性がバルコ、女性がユリアという名だった。彼らによれば、ここからグラダまではルートがニつに別れるらしい。

 中間地点を越えたところにあるホスの森を直進で突っ切るか、はたまた迂回うかいするか。迂回うかいすれば安全性は高いが、グラダまでの道のりは長くなる。直進ルートは最短距離でグラダを目指せるが、定期的なモンスターの駆除くじょなどは行われていないため、危険もあるという。『聖女の微笑ほほえみ』でライアンから聞いたとおりだった。


「女の子も一緒の二人旅なら、なおさら迂回うかいルートをおすすめするよ。途中に小川もあるから、もし水が不足してればそこで補給ほきゅうもできるしね。シャイロンとグラダを徒歩で移動する人たちは、みんなその辺で夜営してるぜ」


 バルコは世話焼きな性格らしく、各ルートについて事細かに教えてくれた。

 道が再び合流した先にはキャンプ地となっている湖畔こはんもあるが、これから向かうには少し遠い。


「歩くのがしんどかったら、明日の朝にはシャイロンから別の行商が通ると思うわ」


 ユリアはミラに告げた。ついでの便乗という形で、少額で荷台に乗せてもらえるだろうとのことだった。


 魔王が消滅しょうめつして以降は、魔族や魔獣まじゅうといった類がホスの森に現れた報告は一件もないものの、大型種がいないぶんゴブリンやコボルトのような亜人種あじんしゅ系のモンスターの格好の生息地となっている。彼らはもとより魔王に直接の影響を受けない種族のため、消滅しょうめつによる弱体化をまぬがれているのだ。


「気を付けて行くんだぞー!」


 はじめの気まずい空気はどこへやら、すっかり打ちけたバルコが振り返って大きく手を振った。

 彼の馬車が遠ざかるのを見届けてから、カノンはミラに有無を言わせぬトーンで宣言する。


「よし、森を突っ切ろう」


 大きな目をさらに見開き、ミラがドン引きしている。先ほどの話を聞いてまで森を突っ切る馬鹿は確かに一般の人間にはいないだろう。


「ここのモンスターはだいたいザコ敵ってことだろ? 削れる時間は削りたいってのはそうだけど、ダンジョン入る前に慣らしといたほうが身のためなんじゃねーの」


 カノンは表情を変えずに続けた。

 ミラは緊張きんちょう気味に顔を強張こわばらせながらも、コクコクとうなずく。


 聖女の称号を冠するミラは、神官たちに混ざり、自衛じえい前衛補助ぜんえいほじょの訓練はひと通り受けてきている。さらに、新たな勇者の補佐役として抜擢ばってきされてからは、神官長直々の指南しなんも日課に組み込まれていた。実戦経験はないものの、聖魔法の使い手としては相当な手練てだれだ。

 また、彼女が身につけている聖衣は、勇者の補佐にあたる選ばれし聖女が代々まとってきた最高ランクの魔防具まぼうぐである。魔王ゲラとの戦いで命を落とし、現在は聖人の一人として崇拝すうはいされる大聖女ノアルも着用していた。致命傷ちめいしょうを受けない限りは、どんな外傷も吸収しいやすと伝えられている。

 一見すると何の変哲へんてつもない白いのローブを、ミラは恐縮しつつも愛おしそうに眺めながら語っていた。


 試練のダンジョンがどのようなものかは見当もつかないが、街道沿いの森ひとつ突破できないようでは話にならないことは間違いない。カノンは今のうちにミラの実力を見ておきたかった。



 道なりに歩き続けると、すぐに三叉路さんさろに行き当たった。これまでの街道と同じ太さで左に折れ曲がっているほうが迂回路うかいろ、細くなりながら真っ直ぐ伸びているのが森を突っ切る道のようだ。


 カノンは背負っている大刀のを右手で強くにぎりしめた。野盗やろうり伏せた、数日前の感触を思い出す。否応にも浮かんでくるのは、人質に取られたルーアを捨て置いて高揚こうようする気分に身を任せた記憶きおくだ。

 おそらく今回もカノンとしての余裕がなくなった途端とたんに、魔王の意思に思考を支配されてしまうだろう。しかし、ミラのことは必ず守り抜くとちかった。いずれ身体を取り戻したのち、手にける運命が定まっていようとも。


「ミラ、覚悟はいいな?」

「は、はい・・・っ!」


 カノンは、大きな声で返事をしたミラの横顔をながめる。

 普段は可愛らしいミラの表情は、勇者をまもる聖女のそれになっていた。

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