第10話 異端の魔王(魔王軍2)

 グレンガは配下のレッサーデーモンたちに捜索の中止を伝えた。


 代わりに、魔女ラミスと牛魔バランの動向を探るよう命令する。次に彼女らが行動を起こすのは、魔王復活を確信したときだからだ。

 魔将ましょうクラスの魔物はたいがい配下を従えており、単独で無闇むやみ拠点きょてんから動くことはない。ラミスとバランがそれぞれ拠点としている地で、まずはその配下たちを見張らせることにした。


「くれぐれも気取られるなよ」


 レッサーデーモンたちにそう念を押すと、グレンガは念思ねんしを切断した。



 巨大なうずはといえば、発見以来ずっと観察を続けているが、特に変わった様子もない。ここから魔王の出現までどれだけかかるのか、グレンガにも分からなかった。

 しかし、こうして渦の前にいるだけでも闇の魔力が体内にみなぎるのを感じる。毎日この強烈な魔力を浴びることで、個としての力は格段に上がるだろう。ゆえに、他の魔将たちにはこの場所のことを絶対に悟られたくなかった。


 現状、魔王の力を享受きょうじゅできず弱体化しているラミスやバランと、誰よりも近くで闇の力を受けているグレンガ。アドバンテージは間違いなくグレンガにある。

 力の差があるうちに彼女らを打ち滅ぼしてしまおうかとも考えたが、それでは無闇むやみに魔王の勢力を減衰げんすいさせかねない。人間側ではとうに新たな勇者が誕生しているらしいと報告を受けている今、こちらの戦力を削ぐという選択肢はけねばならなかった。

 その上、現在は魔王ゲラの率いていた旧魔王軍が各地に分散しており、統制とうせいが取れていない。誰かが迂闊うかつな行動を取れば、逆に不毛な争いを生んでしまい、内乱状態となるかもしれない。魔王の権威けんい統制力とうせいりょくなくして軍は成り立たないのだった。


 もともとゲラとの結びつきが弱く、前魔王消滅しょうめつの影響をあまり受けていないリザードマンやゴブリンなどの種族もいる。彼らが厄介やっかいなのは集団で縄張なわばりを形成しており、侵入してくる者には旧魔王軍であろうと容赦ようしゃなくおそいかかってくるところだった。

 旧魔王軍内部で内乱などが起きようものなら、その混乱に乗じて彼らが勢力拡大を目論もくろむ可能性だってあるのだ。


 結局、グレンガは禍々まがまがしいうずによって魔力を高めるに行動を留めたのだった。

 念思ねんしにより配下のレッサーデーモンたちを各地で見張らせながら、他の魔物に渦の存在を感知されることがないよう結界を張り続け、日々を過ごした。




 渦に変化が見られたのは、発見から二年が経過した頃だった。


「おお、ついに・・・!」


 喜びをかくしきれず、グレンガは小さくつぶやく。

 渦の中心から黒緑色をした蛸足たこあしのようなものが無数に生え、うねうねとうごめいている。人間ならば気味の悪さしか感じられないだろうが、グレンガにとってはこれまで見てきたどの景色よりも美しかった。

 数刻の間、その不規則な動きをグレンガはうっとりとしながら眺め続けた。


 突然、雷のような閃光せんこうが周囲に弾け飛ぶと、たくましい四肢ししを持つ生命体が姿を現す。

 体の大きさは一般的な人間の二倍ほどで、デーモンロードのグレンガとほとんど変わらない。しかし、そこから発されるのは心地よいほどに圧倒的なやみの力だった。


「なんと、魔王様。ご復活・・・いえ、ご誕生おめでとうございます」


 デーモンには涙腺るいせんがない。しかし、グレンガの心は涙にれていた。感動で心が打ちふるえていたのだ。

 直後。出現したばかりの魔王から黒光くろびかりする刃が放たれ、一瞬にしてグレンガの体は胴体どうたいから真っ二つに切りかれた。


「なんっ・・・魔王様、これは一体ッ・・・?!」


 目を大きく見開き、驚きとおそれの入り混じったような表情のまま、グレンガはチリのように霧散むさんして消えた。

 ほどなくして、どこからともなく新たなグレンガが出現する。


「魔王様、まさか私めの再生能力を試されたのですか?」

「・・・・」


 魔王からの返事はない。


「デーモンロードよ。あいすまなかった」

「魔王様、そんな勿体ないお言葉。魔王様の御依存ごいぞんとあらば私めの肢体したいなど・・・」


 返答のさなか、ハッとして若き魔王を見た。


「(・・・何かがおかしい。魔王様が配下に謝罪しゃざいの言葉をかけるなど聞いたことがない。この圧倒的なやみの力はまぎれもなく魔王様のものだが、先王ゲラ様とは何かが違う)」


 グレンガは思考をめぐらせる。無礼ぶれいだとは思いながらも、目の前の魔王をまじまじと見つめていたら目が合ってしまった。

 あわててらそうとしたとき、違和感の正体が脳裏のうりひらめく。目に灯る光が、まるで人間のそれなのだ。考えることすら烏滸おこがましいことであるのは十分に承知しているが、慎重に様子を見ておくに越したことはないだろう。



 この事実は、グレンガに新たな野心を抱かせたのだった。

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