第9話 闇の渦(魔王軍1)

 かの消滅から十年が経とうという時、魔王の勢力圏せいりょくけんだったグロドールの奥地で巨大なやみうずが発見された。

 グロドールも魔王の消滅に伴って魔力の大部分を失ってしまっていたが、幸い人間の勢力が入り込んできてはおらず、広大な土地が焦土しょうどと化しているのみだった。



 ゲリオンという第一発見者であるレッサーデーモンから念話ねんわで報告を受けたグレンガは、急いで渦の発生した地へと向かった。


「・・・よくやった」


 渦の存在を確認すると、グレンガは右手に持っていた大鎌おおがまを一閃させ、ゲリオンの首を飛ばした。哀れなレッサーデーモンは何をされたのかも分からないまま、胴体と首が同時に霧散むさんしたのだった。


 次の魔王が現れるまで数十年は待たされると思っていたが、消滅からわずか十年でこの時が来ようとは。その理由は知るよしも無かったが、何年か前から自身の闇の力の高まりを感じ取り、下僕げぼくのレッサーデーモンたちに探索をさせていたのだ。


「(さて、これからどうするか・・・)」


 グレンガが望むのは魔王の第一の僕となること。それだけが唯一にして最大の望みだ。

 デーモンはレッサーからアーク、そしてデーモンロードへと成長していくが、大半はそこまで行き着かずに死ぬ。目標を同じくするデーモン同士で争いが絶えないからだ。

 血肉を削るような争いを勝ち抜き、ようやくデーモンロードの地位まで上り詰めたものの、前魔王にはすでに四大魔将よんだいましょうと呼ばれる直属ちょくぞくの配下がいた。軍は彼らが牛耳ぎゅうじっており、そこにグレンガが入り込む余地はなかった。


 四大魔将よんだいましょうのいずれとも種族の異なったグレンガは、当然ながら彼らの配下ではなかった。にもかかわらず、拠点から遠く離れた場所で便利屋として働かされ続けたのである。

 日々、格下として虐げられる屈辱くつじょくにまみれながら、怒りと憎しみを燃えたぎらせていた。



 魔王と勇者が消滅したという知らせを受けたのは、いつもと同じようにエルフたちの妨害をしているときだった。

 拠点とした指定した地に一瞬で帰還きかんできる魔法『リターン』を使い、魔王が住処としていたダンジョンに舞い戻るが、そこには呆然とするエルフと聖騎士を残すのみだった。二人は横たわる亡骸なきがらうつろな瞳で見つめており、背後のグレンガには気が付かない。

 隙を突いて邪の魔法で仕留めてしまおうかとも考えたが、それまでの戦いでグレンガ自身も大きく消耗していることをかんがみれば、その選択は明らかにかしこくない。強力な呪文を唱えるだけの魔力も残されていなかったし、どちらかがグレンガが操る魔法属性まほうぞくせい耐性たいせいを持っていようものなら返り討ちである。

 グレンガは特になんの感慨かんがいを覚えることもなく、静かにその場を立ち去ったのだった。



 この日の戦いは何も悪いことばかりではなかった。ダークジェネラルとトロールキングの消滅によって、四大魔将よんだいましょうに二つの空席ができたのだ。

 闇将軍やみしょうぐんバルスラはダンジョン最下層さいかそうにある魔王の居室を守る、いわゆる護衛ごえいの役割を担っている武闘派だった。もっとも魔王ゲラへの忠義に厚かったが、奮戦もむなしく大魔術師にあざむかれ、聖騎士によって倒されたという。

 トロールキングのアドゥールは、混乱に乗じて単身攻め込んできたドワーフ最強の戦士であるドリオンにち取られた。多くのトロールが討伐されるとともに、アドゥールの側近が殉死じゅんししたことで兵の数が激減げきげんのこされた息子もまだ若く、魔王軍の主力を担うだけの戦力が無くなってしまったのだった。


 謀略ぼうりゃくに謀略を重ね、ライバルたちを利用しては蹴落けおとし、見事グレンガは空いた四大魔将よんだいましょうの地位を射止いとめてみせた。

 しかし、所詮しょせんは穴埋めである。前魔王より絶大な信頼を置かれていた魔女ラミス、牛魔バランからはもちろんのこと、グレンガと同時に四大魔将よんだいましょうへと成り上がった不死王ふしおうシャーランにさえも見下されていた。なんでだ、俺と同じポッと出のくせに。



 ”魔王復活”が知られれば、人間勢力やエルフたちの刃が届かない僻地へきちへと逃げ隠れた魔女ラミスや牛魔バランが必ず戻ってくる。問題はいつまでこの事実を隠していられるかだ。

 臆病おくびょうにも奴らが引きこもっている間に、新たな魔王の信頼を勝ち取る。そして、今度はグレンガが奴らをしいたげ、見下し、こき使うのだ。


「(魔王が復活したら必ず奴らを見返してやる)」


 そう魂にちかって十年、またとない好機が訪れたことにグレンガは歓喜のふるえを覚えずにはいられなかった。

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