第8話 魔法の原理

 この世界には、風、火、水、土、音、幻、聖の七つの曜日がある。

 これは魔法の七属性ななぞくせいに由来する分け方で、聖魔法の存在しない魔王サイドでは、聖曜日は魔曜日と呼ばれていた。


 本日は聖曜日。聖都シャイロンの周辺は晴れ渡り、青空が広がっている。こんな日なら徒歩での長距離移動も大して苦にはならない。

 カノンとミラは魔術師ガルフを探すため、ここから一日半をかけてグラダへ向かう予定だ。グラダには冒険者ギルドもあるとのことなので、ついでに盗賊の仲間もそこで探す予定だ。途中どこかで野営をすることになるが、一箇所を除けば平和な道が続くとのことで心配はいらなさそうだった。

 結局、カノンはほぼ二人分の荷物を持たされている。何か頼み事をされる度に悪態あくたいを吐いていた彼が素直に他人の荷物を持つ日がくるなど、誰が想像できただろうか。


 道すがら二人はさまざまなことを話した。

 おしゃべりなミラは、生い立ちから好きな食べ物、余暇よかの過ごし方まで、余すことなく語り尽くした。年齢は十六歳。カノンよりも一つ年上だった。

 彼女は自分のことをひと通り話し終えると、今度はカノンを質問攻めにした。もちろん魔王の記憶を持っていることは伏せたし、この先も知らせることはないだろう。どのみち、彼女は魔王の器を取り戻した後に殺さなければならない存在だ。


「チェリーパイ、今度作ってあげますね! 私はアップルパイのほうが好きですけど」

「なら、アップルパイでいい。りんごもきらいじゃないしな」

「神にちかって、了解っ!」


 いや、聖女ともあろう者がそんな砕けた感じで神にちかっちゃダメだろ・・・。

 カノンはミラのペースに乗せられまいと、喉元のどもとまで出たツッコミを飲み込んだ。


「・・・カノンには優しいお父さんもお母さんもいて、ちょっとだけうらやましいかな」


 先ほどまでの能天気さとはかけ離れた声のトーンにおどろいたカノンは、反射的にミラの方へ顔を向ける。彼女はさみしさを紛らわすように微笑ほほえんでいた。

 彼女に両親と過ごした記憶はなく、物心つく頃にはすでにシャイロンの聖護院せいごいんらしていたという。ルーアや、彼女を迎えにきた生真面目きまじめそうなシスターのことも知っているのだろうか。カノンは二人のことを聞いてみたいと思ったが、野盗やとうとの戦闘でルーアを見捨てた気まずさが勝ってしまった。


「(たかが人間ひとりの命、俺が気にする必要なくないか?)」


 カノンは眉間みけんしわを作り、考え込む。この態度がすでに気にしているわけだが、そこには思い至らない彼であった。

 下を向いていたカノンの視界に、ぬうっと何かが入り込んでくる。


「うわっつ?!」

「また考え事ですか〜?」


 カノンの顔をのぞき込もうとするミラだった。普通に話しかければいいものを、相変わらず他人との距離感がこわれている。

 勢いよく後ろにのけぞったカノンを、彼女はクスクスと笑いながらからかった。



 もう三刻ほど休まず歩いただろうかというところで、カノンはミラに休憩きゅうけい提案ていあんする。

 街道の脇に広がる草地に腰を下ろし、簡単な魔法で火を起こして、『聖女の微笑ほほえみ』の店長ライアンが駄賃だちん代わりに持たせてくれたハッピーハーブティーを温めた。


「カノン、魔法で火を起こせるんですね!」

「まあな。ただ、独学だからこれくらいが精々だ」


 この世界に生きるたいていの人間は、風火水土の魔素まそを微量ながら備えている。今カノンが起こした程度の火であれば基礎的な訓練を積めば誰でもできるが、どういう原理か、火魔法の習得によって他の三属性の魔素は消失してしまうらしい。ひとり一属性しか使えないのが世のことわりだ。

 もっとも、カノンにはもともと火の魔素しか流れていないので、習得したところで失うものは何もなかった。それも、業火ごうかとでもいうべき膨大な量である。


 なぜそれだけ火魔法に適性のあるカノンが魔法を教えられなかったのか。それは、神聖国家アストラールが定めた勇者を育成する際の規則にあった。

 勇者の資格を持つ者は、成長期に魔法を覚えることで聖剣の能力を引き出す力が弱まってしまうという言い伝えがある。ただし、これはあくまで言い伝えに過ぎず、何の根拠こんきょもない。


 幼少時の教育係だったドランは、カノンがちょっと火を起こしただけできつくしかりつけてきた。幼いカノンはその度に反発を覚え、さらに魔法の練習にはげむのだった。

 一方で、後任のデュソーは堅苦しく見えても融通ゆうづうの利くタイプだったため、カノンがまきをくべるために小さな火を起こすぐらいであれば大目に見てくれていた。魔術書が読みたいという希望はさすがに却下されたが。

 そもそも、ランスに火魔法の専門書など存在しない。魔術研究所も書物院もない。村では生活に必要な魔法しか使われなかったため、見られる魔法といえば、カノンが使っていたような簡単な火魔法がほとんどだった。他の属性では、農地の管理を任されていた水魔法の使い手が村人の田畑を巡回し、水をいていたくらいか。


 カノンは、いずれは火魔法を本格的に学びたいと幼い頃から考えていた。

 シャインも勇者として認められてから風魔法を習得し、筋力だけでは不可能な高さまでがけを駆け上がるなど、補助的に用いていたという。


「(グラダなら火の魔術書もありそうだな)」


 勇者として認められれば、魔術書へのアクセスも容易になるだろう。カノンが持つ魔素の量なら、上級魔法も使えるようになるはずだ。


「ごちそうさまでした! はぁ〜美味しかった〜」


 ハーブティーを飲み終えたらしいミラが、顔をほころばせながら言った。


「よし、行くか」


 カノンも残りのお茶を飲み干し、荷物をまとめて立ち上がる。

 再び歩を進めようとした矢先、ミラが何やらもぞもぞと体を動かしていた。


「あ、あの、カノン。ちょっと・・・」

「ん?」

「ちょっと・・・」

「あ?」

「その・・・」


 カノンにも察しはついた。しかし、いつ誰が襲ってくるとも分からないこの状況で、どこか適当なところまで離れて済ませろとは言えない。ミラは自衛の訓練こそしているものの、外での実戦経験は皆無だという。

 彼はちょうど自分の目線より少し高い岩を見つけると、その反対側に回って声を掛けた。


あわてなくていいぞ」

「あの・・・」

「なんだ?」

「耳、ふさいでてくれませんか?」

「・・・すまん」


 カノンはそっと両手を耳に当てた。

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