第5話 幻魔法の記憶


 ミラはハッピーハーブティーを二つ頼んでから、魔術師ガルフの居場所をライアンに尋ねた。


「ガルフ? あー、名前は聞いたことある。アストラールでも指折りの魔術師という評判だ。ただ、聖都っていうくらいだからなァ、シャイロンにいるのはほとんどが聖魔法の使い手だぞ? 他の属性の使い手は、大半が第二の都市グラダに拠点きょてんを構えてるはずだ」

「あ、たしかに! それでは、そのガルフもグラダにいると?」


 ライアンがポットに茶葉ちゃばを入れてお湯を注ぐ。甘くもさわやかな香りがただよってきた。


「それは分からない。ただ、グラダには風火水土の自然魔法はもちろん、幻魔法げんまほうの使い手も活動しているらしいぞ。闇雲やみくもに探すよりは・・・」

「幻魔法っ?!」

「幻魔法・・・」


 二人してライアンの台詞を食ってしまう。しかし、その声色は対照的だった。

 いつにも増して弾んだ調子のミラは、カウンターに身を乗り出して目を輝かせている。聖魔法と並ぶ希少属性きしょうぞくせいとされる幻魔法に興味をそそられているのだろう。

 一方のカノンは、魔術師ソーサーが戦いのさなかに放った最大魔法を思い出し、苦虫をみ潰したような顔である。「(ビッググラビティと言ったか・・・)」あの一手で形勢が逆転し、魔王ゲラは勇者シャインに死際しにぎわまで追い詰められたのだ。


 忌々いまいましい記憶が脳裏のうりをよぎるとともに、カノンは再びピリッとした痛みを感じた。しかし、それはほんの一瞬のことで長くは続かない。こんなことは初めてだった。何の根拠こんきょもないが、まだ胸に残るミラの不思議な温もりが魔王の暴走を和らげているのかもしれないと思った。



 その後は出されたハーブティーを飲みながら、グラダまでの道のりをライアンにたずねた。シャイロンを出てローアン辺境伯領へんきょうはくりょうの方角へ五十カイルほど戻り、十字路を北に折れて二百カイルの地点にあるそうだ。ティールームの主人らしく気の利く彼は、わざわざ地図を持ってきて指し示しながら説明してくれた。

 馬を使えば半日の距離だが、あいにく馬車を借りられるほどの路銀は渡されていない。他の手段としてはキャラバンに同行する乗合のりあい馬車があるものの、定期便が出るのは七曜日にニ度ほどだという。しかも、その定期便は今朝出たばかりであるため、次の運行は三日後になるらしい。


「グラダまで歩くか」

「そうですね」


 ミラは、着替えと旅に必要な道具を宿舎まで取りに戻りたいと申し出た。彼女は女性神官向けの共同宿舎でらしているらしい。

 その間にカノンは武器屋へと向かう。ダンジョンへ挑むにあたって最低限の装備は必要だと考え、ハードレザーのチュニックと大刀を調達した。

 金属製きんぞくせいよろいを買うほどの資金を持ち合わせないが、あまり重い装備そうびではカノンの持ち味である機動力きどうりょくが落ちてしまうため、そういった意味でも軽量のハードレザーは都合が良かった。大刀はデュソーに不意打ちを食らわすために密かに練習していた両手持ちの木刀に近い感触のもので、腕力のあるカノンにとっては野党と戦った剣より実戦むきだ。



『天使の微笑ほほえみ』前でミラと落ち合う。

 一刻ぶりに見る彼女は、どんな長旅をするつもりかと聞きたくなるほどの大荷物を抱えていた。デュソーがいたなら、今すぐ置いて来いと追い返されたことだろう。


「よいしょ、よいしょっと」

「それ、絶対重いだろ・・・」

「だ、大丈夫ですっ!」


 気丈に振るうミラだが、明らかにキャパオーバーだった。

 たしかに少なくとも一晩は野営をすることになるが、ただ寝る分には地面に敷くシートと保温用のブランケットがあれば十分である。テントを張るにしたって適当な岩を背にロープを通して、二本のポールを立て、幕をかければちょっとした風雨はしのげる。枕は代えの衣服を丸めれば代用可能だ。

 しかし、なんとミラはひと通りの調理器具ちょうりきぐまでそろえてきたらしい。


「二日もかからねーんだから、パンとチーズでも買ってませればよくないか?」

「でも〜、夜は冷えますからシチューとか作ったほうがいいかなって思いまして」


 ミラは大きなひとみでカノンを見上げる。いわゆる上目づかいというやつだ。

 うぐ、と言葉にまったカノンはひたいに右手を当てつつ、それ以上の反論をあきらめた。


「はぁ、デュソーに魔法のカバン的なやつ借りとけばよかったな・・・しょうがない。調理器具ちょうりきぐは俺が持つか」


 カノンはミラのリュックを奪い、おもむろに調理器具ちょうりきぐを取り出した。それをまだ中身に余裕がある自分のカバンに押し込み、軽くなったリュックを乱暴に返す。リュックを背負ったミラは「おお〜っ!」と大袈裟おおげさに感動してみせた。

 先ほどの倍以上に重くなったカバンを持ち上げると、上腕じょうわんの筋肉がり上がる。ミラはその様子をぼーっと見つめていた。視線は上腕二頭筋じょうわんにとうきんの一点に釘付けである。筋肉フェチか?


「なんか腕の中に大きなたまごがあるみたいですね〜。さわってみても?」

「え? あ、ああ・・・」


 そっとれてくるミラの指の感触に顔が熱くなる。と、同時に勇者の印があわく赤の光を放った。


「あ、また赤くなった」


 鈴を転がすような声で笑うミラ。やはり悪い気はしなかった。


「(先が思いやられるな)」


 カノンはそうは思いながらも、この旅が少し楽しみになってきていることはかくしようがなかった。どこかくすぐったい気持ちになり、ふっと小さく笑みをこぼす。

 そんなカノンをいましめるかのように、突如として魔王ゲラの記憶きおくがあふれ出した。勇者シャインとともにいた聖女を殺した時の感触がよみがる。名前はなんと言ったか。確か・・・


「ノアル・・・」


 ひときわ強くなる頭痛にカノンは呻き声を漏らした。


「カノン?」


 上機嫌じょうきげんで鼻歌まじりに数歩先を歩いていたミラが振り返る。苦痛に顔を歪ませるカノンを見つけた彼女はあわててけ寄り、先ほどと同じように抱き寄せた。


「よしよし、大丈夫。大丈夫ですよ〜」

「・・・すまない」


 カノンはなんとか言葉を返す。子供扱いされている気がしなくもないが、今は悪態あくたいを吐いている余裕もなかった。


「(目的は・・・魔王の器を取り戻すこと。余計なことは何も考えなくていい。勇者をよそおい続けるだけだ)」


 人間として生きる選択肢など万に一つもない。その現実を改めて突きつけられたカノンなのであった。

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