第4話 聖女の微笑み

 ダンジョンへ向かう前に、まずは仲間集めだ。

 聖女については、聖王サイドから指名された者が加わった。残るは魔術師と盗賊とうぞくだ。


 現在、ニコニコと能天気な笑顔でカノンのとなりを歩いているのが件の聖女である。


「(知り合ったばっかの女と二人きりで行動するとか・・・)」


 そうは言っても、カノンだって年頃の男子である。悪い気がしていない自分に腹が立った。

 この聖女も魔王の体を取り戻したら殺さなくてはならないため、無駄な情は持ちたくなかった。魔王にとって聖女はわざわいいの元でしかないのだ。


「んん〜? また考えごとですか?」

「お、おい・・・顔が近いぞ」


 額の印がぽうっと赤く光るが、当のカノンは気づかない。

 ミラはさらに顔を近づけ、カノンの額を凝視ぎょうししながら言った。


「勇者の印って赤く光るものなんですか? 金色だって聞いたんですけど」

「は?」


 生まれてから十五年、忌々いまいましいこの印が金色に光ることはあれど、他の色にまったことは一度もなかった。正確には、鏡を使わない限り自分で見ることは叶わないため、誰にも指摘されたことがなかったという意味になるが。


「(あとでデュソーに聞いてみるか)」


 カノンはミラの質問に答えることなく、軽くせき払いをする。そして、いつになく真面目くさったトーンで続けた。


「とにかく、今は魔術師を探すのが最優先だろ」


 デュソーによれば、ガルフという魔術師がアストラールのどこかにいることは間違いないらしい。しかし、教育係の任を受けてから長くアストラールをはなれていたために、正確な現在地は分からないという。


「こういう場合はどうすればいい?」

「うーん・・・神様にお祈り?」


 あまりにも非建設的な返答にカノンは唖然あぜんとした。コイツ、やはりシーナ系か。

 そんなミラの意見は無視して、ランスの村にいた頃にデュソーが時折足を運んでいた場所を思い出す。


「情報が集まる場所といえば、やっぱ酒場か」

「お言葉ですが、聖都シャイロンに酒場は無いですよ? 公の場でお酒を飲むことは禁じられているので。お酒の好きな皆さんはご自宅で飲まれてますね」


 カノン、本日二度目の唖然あぜんである。百人ほどしか住民がいないランスの村にも宿付きの酒場はあったのに、その何十倍も広い大都市にないなんて。

 情報を仕入れるアテをなくし、頭を悩ませるカノンにミラが話しかける。


「でもでも! ティールームならたくさんあります! というわけで、とりあえず私の行きつけで聞いてみませんか?」


 なんだそのいかにも上品です、って文化は。カノンは再び唖然あぜんとした。ちなみに本日三回目。


「そ、そうか。まあ聞き込みが酒場である必要はないよな」


 なんとか言葉を返すが、酒よりもお茶というのが少々受け入れがたい文化であることは間違いなかった。どっちにしろカノンは酒を飲めないのだが。


「たしかにのどは渇いたし、路銀ろぎんも神官長から受け取っている。お前の行きつけとやらに行ってみよう」


 自分の意見が受け入れられ、ミラはうれしそうに笑った。



 そのティールームには、大聖殿だいせいでんから南東に三ブロックほど歩いただけで到着した。普段、聖殿に出仕しているミラにとっては便利な休憩所きゅうけいじょである。

『聖女の微笑ほほえみ』という女性の横顔をかたどった看板がかかっており、白亜のドアが目を引く小洒落こじゃれた店だった。


 ガチャリと大きなドアを開けると、ステンドグラスが多角的に交差した不思議な空間が広がった。

 幻想的な雰囲気に、カノンも小さく感嘆かんたんの声をらす。ランスと近隣の風景しか知らないカノンにとっては、シャイロンの全てが目新しかったが、中でもこの光景は格別だった。


「ふふっ、気に入りました? 私、疲れちゃったときはここでハーブティーを飲むんです。どのフレーバーもとっても美味しいんですよ!」

「そうか、ならお前のおすすめでいい。二つ頼んでくれ」


 手近な空席にドカッと座ったカノンに向かって、ミラは右手で小さく手招きする。


「そこじゃなくて、情報を聞き出すならこっちですよ〜」

「あ、ああ」


 他人に指図をされるとすぐにイラつき反抗してしまうカノンだが、ミラの言葉には特に嫌な顔をすることもなく従った。彼女が引いたカウンター前の長椅子に腰掛こしかける。

 ミラはさも当然といった風でカノンの隣に腰掛けた。肩が触れるか触れないかの距離だ。


「(近いぞ・・・)」


 心の中では文句を言う。しかし、意識しているとは思われたくなかったため、カノンはそのまま押しだまった。


「あれっ? また印が赤くなってますよ」

「う、うるさい!」


 なんなんだよ、ほんとに。カノンは片手でひたいを隠し、ぷいとそっぽを向いた。



「ミラちゃん、恋人かな?」


 カウンターの奥にいた、店主らしき中年の親父がニヤニヤと話しかけてくる。


「もう、ライアンさん! 私は神に仕える身ですよ? そんなことになれば、聖殿から退かなければいけません」


 真面目なトーンでピシャリと否定するミラ。そこまでハッキリ言われるとなんか悔しくなってくるんだが。


「おお、悪かったな。ついつい」


 ミラがライアンと呼びかけた男はふっと微笑ほほえみ、両手を上げてあやまった。


「この方はカノン、勇者の資格を持つ者です」


 ライアンはカノンの方へ向き直り、そのひたいをじっと見つめる。


「ほぉ、たしかにその印はシャイン殿と同じだな」

「シャイン・・・っ?!」


 突如耳に入ったその名前に、魔王の意思がずくりとうずく。紅の目が光を放つよりも早く、勇者の印が紫色に輝いた。続いて、激しい頭痛がカノンを襲う。彼はうめきながらカウンターに突っ伏した。


「カノン、どうしたんですか!?」


 店の中にいた客がざわついた。


「ごめんなさい、なんでもありません!」


 ミラが振り返ってひとこと謝ると、場は一気に静まった。これが聖殿に出仕する聖女の影響力である。


 そのまま彼女は両腕を使い、カノンを隠すように引き寄せた。カノンより頭ひとつ低いミラの額がカノンの首元に触る。

 温かい・・・触れただけで、不思議と例の割れるような痛みが和らいだのだった。

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