第3話 ミラの瞳

 試練しれんのダンジョンーー


 神聖国家アストラールの聖都シャイロンから東に二十ハイルほどの丘陵きゅうりょうにあり、聖騎士たちが昼夜交代で管理している。数百年前に形づくられたと伝えられる大ダンジョンであり、ダンジョン内の魔物もアストラールの管理下にある。

 日頃から神官や聖騎士の訓練用くんれんようとしても使用されるが、マインの説明によれば、普段はせいぜい地下一、二階までしか使われないそうだ。それより下の階層かいそうは聖剣の保護ほごと、勇者の印を持つ者に試練しれんを与えることのみを目的とした区画である。


 カノンの持つ能力を考慮こうりょすると、最低でも三人の仲間がいるとのことだった。

 聖剣が眠る最深部さいしんぶへの扉を開くかぎとなる聖女、物理攻撃の効かない敵を倒すのに必要な魔術師、そして隠し扉と仕掛けられた罠を探知できる盗賊とうぞくだ。



 大聖殿だいせいでんから出たカノンは、深く息を吐く。できることなら二度と訪れたくない、そう思うほどに相性の悪い空間だった。


「それじゃあ、あとは頑張ってくれ」


 唐突とうとつにデュソーが言い放つ。

「え?」と困惑の表情を浮かべるカノン。ダンジョンこねーのかよ。


「私には至急やるべきことがあるのでな。お前が勇者として認められた後のための大切な準備だ」


 実は聖王との謁見えっけん後にひとり残されたデュソーは、聖王ラウマから三つの命を受けていた。

 一つ目、今回の試練においてカノンを助けないこと。

 二つ目、十七年前と同じく、勇者パーティーの一員として戦いに臨むこと。

 三つ目、カノンたちがダンジョンに挑んでいる間に頼れるを探してくること。


 カノンの前では平静を装っているが、今の自分に勇者の護衛ごえいを務め上げられる自信がデュソーにはなかった。最終決戦でシャインを守り切ることができなかった痛みも未だにうずく。

 事実、シャイロンへの道中で野盗やとうおそわれ、戦闘の中で不覚を取ってしまった。実戦感覚が鈍っていることは否定しようもない。それに加えて、着実に忍び寄る肉体的な衰え、何より気力のおとろえをデュソーはひしひしと感じ取っていた。


「(としても、だな・・・)」


 しかし、聖王ラウマの勅命ちょくめいとあっては背くという選択肢せんたくしもない。命に代えても、勇者カノンを魔王の元へと導く。そして、今度こそ誰も死なせない。全てを守り抜いてみせよう。


「そうだ、カノン」


 立ち去りかけたデュソーだったが、一転してきびすを返し、カノンに向き合った。


「ダンジョンを攻略こうりゃくする手助けとなる魔術師だが、一人だけ心当たりがある」

「お、どこのどいつだ?」

「大魔術師ソーサーの弟子の一人で、名前はガルフという」


 カノンは興味津々だ。魔術師にはこれまで関わったことがなかったから、好奇心を駆り立てられたのだろう。


「私の友人でもあったソーサーが最も実力を認めていた者だ。当時まだ年端も行かぬ少年だったにも関わらず。ただ・・・」

「ただ?」

「かなりの変わり者で、幼少にしてソーサーも手が付けられないほどのひねくれ者だったそうだ。果たして、お前の味方になりうるのかどうか」

「へぇ」


 言葉こそ短く素っ気なかったが、カノンの声は明らかに弾んでいた。


「(ひねくれ者の魔術師か。馬が合いそうだ。使えそうな奴なら身体を取り戻した後も配下にしといてやるか)」


 あごに手を当て、左の口角を釣り上げてにやりと笑う。


「あの〜、何か面白いことでも?」


 カノンの思考をさえぎったのは聖女ミラだった。大きなひとみをキラキラと輝かせ、ずいっとのぞき込んでくる。

 深く探っているような、全く何も考えていないような、どちらともつかない視線しせんから思わず目をらすカノン。この表情にはどことなく見覚えがある。


「(シーナか・・・)」


 カノンはランスの村で幼少期に悪戯いたずらしまくった女性を思い出した。ただし、ミラにはシーナにはない包容力のようなものがあり、くすぐったくも心地が良い。この感覚はルーアを相手にしているようでもある。


「いや、何でも・・・」


 やや引き気味になりながら、わざとおらしく首を横に振るカノン。

 ミラはおくすることなくさらに顔を近づけてくる。距離感ぶっこわれてんのかコイツ。


「やっぱり面白いことが浮かんだのですね? ぜひ教えて欲しいです! ぜひ!」


 デュソーはそんな二人の様子に、あの野盗の襲撃しゅうげき以来、初めての笑みを浮かべた。


「(この聖女ならば、カノンを真の勇者へと導けるやもしれぬな)」


 若い二人はなおも押し問答もんどうを続けている。


「それでは、私は先を急ぐぞ。カノン、ミラ殿、いずれまた」


 晴れやかな気分で、今度こそデュソーはその場を後にした。

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