第2話 聖王ラウマ

 カノンは、聖王ラウマに関するいくつかの知識を聖騎士のデュソーから聞かされていた。


 約千年も続く神聖国家アストラールの第二十五代聖王にあたる彼は、清貧を美徳びとくとし、大聖殿の奥にある自室にて極めて質素な生活を送っているという。贅沢ぜいたくをしようと思えばできる立場であるにも関わらず、その立場を利用しないあたり、さすが神官たちが選出した者というところか。


 初代聖王である聖クランスールは、終生妻をめとらなかった。子供もいなかったため、現在、彼の血を伝えるのは兄弟の子孫たちだ。直系の子孫をのこすことによる、血族の間での無用な争いを避けてのことだった。加えて、聖クランスール自身が王位の世襲せしゅうを望んでいなかったことも理由に挙げられる。

 聖王に定年は無いが、唐突とうとつの死でない限りは存命のうちに退位し、次代へと引き継ぐことになっている。しかし、聖王に自ら次の聖王を任命する権利はない。聖クランスールは、第一の弟子だった聖ファランドリアを第二代聖王に指名したが、第三代聖王は必ず弟子たちの合議のもとに選出するように言い残していた。聖ファランドリアはその遺言ゆいごんを忠実に守り、現在にも続く神官制度を作り上げたのだそうだ。


 聖クランスールが己の信念に基づいて生涯独身を貫いたというだけで、聖王に家庭を作ることが禁止されているわけではない。

 事実、ラウマにもマリエルという名の奥方おくがたがおり、子供もさずかっている。原則として、その存在は世間には公表されず、職務しょくむとも切り離されて考えられているだけのことだ。



 事前に得た情報を頭の中で整理しつつ、カノンは聖王ラウマの前へと進み出る。


「そなたが勇者の証を持つカノンだな」

「はい」


 彼は白い聖衣をまとっていた。身長そのものはデュソーよりも高そうだが、体格の良い彼とは違ってひょろっとした印象を受ける。


「(これが我が最大の敵となる聖王か・・・)」


 肩まで真っ直ぐに伸びた金髪がきらめく。頭には白色の帽子を乗せているだけで、装飾品そうしょくひんは一切身に付けていないにも関わらず、後光ごこうしているかと錯覚さっかくするほどに神々こうごうしかった。

 人間の”神々こうごうしい”は、魔王の価値基準から言えば”禍々まがまがしい”に他ならないのだが。


「カノンよ、勇者の証を持つ者はこの世界に一人しか存在しない。これ、すなわち運命である。受け入れる覚悟はあるか?」

「はい」


 カノンは自分でもおどろくほど素直に返事をしていた。真紅の髪とひとみのために、生まれてから今に至るまで奇異きいの目を向けられ続けてきた彼にとって、この聖王の眼差まなざしはとても新鮮しんせんなものだった。

 アストラールに入ってからの道中で出会った聖騎士たち、誇り高き彼らでさえもデュソーに向けるものとは全く異なる目でカノンを見ていた。今この場にいる神官たちも例外ではない。

 聖王ラウマの視線はおだやかだ。カノンの外見に構う素振りは皆無だったが、代わりに内面を深く深くさぐられているような感覚を覚えた。魔王の意思が、この目は危険だと警鐘けいしょうを鳴らしていた。


 聖王ラウマがカノンのそばへゆっくりと歩み寄り、その額へと手をかざす。すると、それに呼応こおうするかのごとく勇者の印があわく輝いた。

 彼らを取り囲むように姿勢を正して並ぶ神官たちからも、一瞬だけ感嘆かんたんの声やため息がれる。


まぎれもなく勇者の証だな」


 ラウマは優しく微笑ほほえみ、またゆっくりと元の場所へ戻っていった。



 次に神官長マインがクエストの説明を行う。何やら太い巻物を読み始めたので、しばらくはこのまま話を聞くことになりそうだ。すでに気疲れしていたカノンは、内心でひどくうんざりしていた。


試練しれんのダンジョンへ向かい、魔王を倒せる唯一の武器である聖剣を得て、ここクランスールへ戻ってくること。さすれば儀式ぎしきにて、聖王様が至高しこうの聖魔法をもって、聖剣に再び力を与える」


 結局、マインは半刻はんこく近くも回りくどい言葉で長々と説明した後にそうまとめた。


「(チッ、必要だったの最後のひとことだけじゃねーか)」


 カノンは心の中で毒づいたが、マインと目が合ってしまったためにその苛立いらだちをぐっと飲み込む。

 聖なる力に満ちた大聖殿、最高の権威者けんいしゃである聖王、数多あまたの神官。が先ほどからこれでもかというほど嫌悪けんおを示しており、カノンは早く立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

 しかし、話はこれで終わらない。


「聖女ミラよ、これへ」


 マインは、神官の輪に混じっていた女性に呼び掛けた。

「はい」と答えて進み出た女性は、目深まぶかかぶっていたフードをゆっくりと取った。き通るような白金色プラチナの髪の毛が露わになる。


「ミラと申します」


 その姿を見た瞬間、魔王センサーが危険信号を発するとともに、別の何かがたかぶった。

 聖の力に触れた勇者の印が興奮こうふんしているのだと、この時のカノンは思っていた。

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