第1話 魔王センサー

 シャイロンの中央にある小高い丘。その頂上に大聖殿だいせいでんクランスールがある。

 あえて城と呼ばないのは、聖王の居室などの一部を除き、大聖堂だいせいどうとして全ての国民に開放されているためだ。多くの儀式ぎしきも一般公開されるが、事前の名簿めいぼで参列希望多数の場合は平等に抽選となる。


 この方針は、防備ぼうびへの絶対的な自信があってこそだ。

 聖魔法の結界けっかいにより、魔族や魔獣まじゅうは侵入自体をはばまれる。ぞくが忍び込んだときには、神官たちが強力な聖魔法で瞬時に消しずみにするといううわさだ。もちろん、彼らは危害を及ぼさない大半の来場者には非常に温厚である。優しい者ほど怒らせると怖いというのは、いつの世も同じなのだ。



 大陸でもトップクラスの実力を持つ神官たちをしたがえるのが聖王で、千年前にアストラールを建国した聖クランスールの末裔まつえいである。

 聖王は神に次ぐ最高の権威者けんいしゃでありながら、国を動かす権力はほとんど持たず、実際に政治を行うのは神官だった。後継の権力者化を懸念けねんした聖クランスールの叡智えいちだ。

 また、神官たちには独裁化を防ぐための厳しい戒律が課されていた。横領おうりょう収賄しゅうわいなど、金銭に関わる不正は特に重く受け止められ、発覚すれば例外なく死罪の判決となる。


 勇者の印を額に持つ15歳の青年カノンは、そうした予備知識を教育係だった聖騎士デュソーから聞かされて、内心で一抹いちまつの不安を感じていた。

 カノンは確かに人間として生まれているし、勇者の資格者でもある。しかし、魔王の記憶と意思を持つために結界に弾かれ、そもそも大聖殿だいせいでんに入れない可能性は否定できなかった。そうなった場合は、捕らえられる前に逃げ、別のルートから新魔王のもとへ辿り着くほかに手段はない。



 カノンは覚悟を決め、目の前に迫った大聖殿の正門をくぐる。


「(いざ・・・)」


 心配は杞憂きゆうだった。結界の存在を疑いたくなるほどにあっさりと通り抜けることができ、カノンは振り返ってまじまじと正門を見てしまった。


「勇者の証を持つ者よ、ようこそいらっしゃいました」


 胸に両手を交差させて挨拶あいさつをしたのは、マインという名の神官長だ。

 魔王の意思がよみがえってから、カノンは聖なる力に対して敏感びんかんになった。この能力のことはカノン自らと名付けたのだが、今、この男を前にしてひときわ強く反応している。

 それもそのはず、マインは大聖殿だいせいでんつとめる神官たちの中でも一、二を争う聖魔法の使い手だった。つまり、魔王的には最悪の相性だ。


「お初にお目にかかります。カノンと申します」


 基本は粗野そやなカノンも、こうした公の場での礼儀れいぎはわきまえている。態度の悪さゆえに勇者としての資質を疑われたり、余計な面倒事を招いたりすることがないよう、この五年間である程度の処世術しょせいじゅつは身につけてきたのだ。

 マインに中身を悟られては全てが台無しになると考えたカノンは、努めて平静を装う。基本的な挨拶あいさつ回りはデュソーに任せ、発言は最低限の自己紹介に留めた。


「それでは、聖王にご到着の旨を報告して参ります。しばしお待ちくださいませ」


 一通りの挨拶あいさつののち、マインはそう言うと大聖殿の奥へと消えてゆき、代わりに若い神官を案内役として寄越よこした。カノンたちは、客人を迎えるときに使用されているのであろう、質素ながら手入れの行き届いた応接間へと通される。



 謁見えっけんを待つ間に出されたのは一杯の水だった。


「やはりうまいな、アストラールの聖水は」


 一口飲んだデュソーはうなずき、さらに残りをグイッと飲み干す。

 結界に拒まれなかったということは聖水もクリアできるだろうが、念のため、カノンは少量を口に含んだ。やはり異変はなく、それどころかたった一杯で力がみなぎってくるのを感じた。


 入り口の結界、そして聖水。魔王の記憶と意思はあっても、聖魔法や聖水に拒否反応が出るわけではないことが明確になった。


「(あとは聖王と聖剣か・・・)」



 広い応接間にノック音がひびく。

 控室のドアが開き、先ほどの若い神官が入ってきた。


「お待たせいたしました。準備が整いましたので、ご案内申し上げます」


 カノンとデュソーは腰掛こしかけていたソファから立ち上がった。

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