第14話 勇者の心(魔王軍3)

 消滅から十二年の歳月さいげつを経て、再びこの世界に姿を現した魔王。

 しかし、彼の中には自身が誕生した黒紫色のうずよりも大きな葛藤かっとうが渦巻いていた。


 通常、魔王は出現とともに前魔王の記憶と意志を、本人の性格とは無関係に引きぐことになっている。一方で、勇者の印は人がさずかる形で生まれ、赤子から育って成長とともに自我を獲得かくとくする。前勇者の記憶も引きがれない。

 ところがこの魔王、自らが勇者シャインであることを自覚していた。聞いていた話とは異なり、どうやら前魔王の記憶や意思も引きがれてはないようだ。肉体と中身のあまりの不一致ふいっちに、シャインは形容しがた戸惑とまどいを覚えたのだった。

 覚えている限りでは、前魔王ゲラをあと一歩まで追い詰めたところで呪いのような言葉をかけられた。あれがこの事象の引き金となった確率は限りなく高い。聞いたことのないものだったが、おそらくはやみの魔法だろう。


「リヴァーサルと言っていたか・・・」


 独り言を発したその時、生命体の気配を感じた。デーモンロードだ。

 認識にんしきすると同時に、勇者の心を持つ魔王は反射的に黒光の刃を放つ。一瞬でデーモンロードの胴体どうたいが真っ二つになる。しかし、一度消滅しょうめつしたはずのデーモンロードは何事もなかったかのようにその場へ現れた。


「魔王様、まさか私めの再生能力を試されたのですか?」


 デーモンロードのその一言で、聡明そうめいなシャインはすぐに理解した。魔王というのは魔族まぞくに生命や活力を与えるもの。直接手を下してめっすることはできないのだ。

 魔王に攻撃された対象は一時的に消滅こそするものの、必ず復活を遂げる。その速度は個体ごとの再生能力や魔力量に依存いぞんしているのだろう。おどしや懲罰ちょうばつ目的でしか使えそうにないな。

 これはおそらく自分の命についてもそうであり、魔王が自死じしを選ぶことはできないのではないか。自分で自分をほろぼせるのか、試してみても損はない。


「(一人になったときを見計みはからってやってみよう)」


 魔王は存在するだけでやみの力を世界に広め、魔族まぞくさらなる生命力と邪悪じゃあくな心を植え付ける。今ごろ各地で魔族たちが魔王の復活に勘付かんづき、各々行動を取らんとしていることだろう。中には、即物的そくぶつてきに人間を攻撃しに行こうとする者もいるかもしれない。

 勇者として人の世界を救おうとしていた私がほろぼす側になる。それだけは許されない。一刻も早く魔族たちが勝手な動きをせぬよう、配下に取り込み上手く統率していかねば。


 魔王ゲラの魂を継承したであろう新勇者は、そう遠くない未来にこの魔王の器を取り戻しにやってくるはずだ。

 好機は一瞬。聖剣を奪い、自らの手で偽の勇者に聖剣を突き立ててやる。

 私が勇者として復活する手はないと考えるべきだろう。私には魔王として生きるか、魔王として滅ぶか、二つに一つしかないのだ。


 それだけの自問自答じもんじとうを人間の感覚からすれば数瞬間すうしゅんかんのうちに考え、今後やるべきことを整理した。

 とりあえずは、やたらにってしまったこのあわれなデーモンロードにはひとことあやまっておかなくては。


「デーモンロードよ。あいすまなかった」

「魔王様、そんな勿体もったいないお言葉。魔王様の御依存ごいぞんとあらば私めの肢体したいなど・・・」


 おどろいたように目を丸くしてこちらを見つめたり、急に目をらそうとしたり。シャインには、目の前のデーモンロードが何を考えているのか全く分からなかった。

 コミュニケーションの足がかりとして、ひとまず名前でも聞いておこうか。知らないと不便だしな。


「・・・名は何と言う?」

「魔王様に名乗る名前など、」


 ございません、と言いかけてグレンガは思い直した。

 一の者になろうというのに、名前すら覚えていただかずにどうするつもりだ?


「グレンガと申します」

「グレンガよ。我が野望のためにその身をささげよ」

「は。我が弱小なる命を、魔王様の大いなる野望のためにささげまする」


 勇者シャインは世界を守るため、魔王として戦うことを決意した。

 この身体、絶対にくれてやるものか。


「我が名はゾルダ。各地に散開さんかいしている魔族まぞくの者たちを統率とうそつしよう。グレンガよ、急ぎ状況を把握はあくし報告せよ」

「はっ」


 グレンガは短く返事をすると、上空へと飛び立った。

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