第15話 勇者の本懐(魔王軍4)

 グレンガがいなくなり、静まりかえった空間でゾルダは再び考えを巡らせた。

 どうやら魔王の器は情報処理じょうほうしょり能力に長けているようで、思考速度が勇者シャインであった頃よりも十倍は速く感じられる。


 前魔王ゲラの生まれ変わりを倒し、そして魔王ゾルダの命も終わらせる。そのためには聖剣を持った”偽勇者”をグロドールの奥地にある居城きょじょうまで引き込むことが絶対条件だ。

 問題のひとつは、魔王の復活によってやみの力を持つ者たちの魔力も増幅ぞうふくしていることか。彼らが勢力を拡大させれば、人間をはじめとする平和にらす者たちの社会に大きなダメージを与えかねない。


 自らの身のほろぼし方についても考えておかなくては。

 考えうる最大の弱点は外の光を全く浴びられないことである。絶対的な力には大きな代償だいしょうが伴うということだ。

 それで身をほろぼせるなら本望だが、魔王の器を持った今なら分かる。光の中では生きられないだけで、居城きょじょうに引き戻されて終わりなはずだ。

 つまり、魔王を倒せるのは聖なる力のみ。



 ここでゾルダは一旦思考をやめた。

 まずは前魔王の拠点に移動しておくとしよう。魔王である自分が消滅するまで勢力を拡大し続けるであろう魔王軍を統制とうせいするためには、しかるべき拠点きょてんが要る。


 歴代の魔王たちは自らに居心地いごこちが良いよう、己で拠点を築いてきた。勇者の侵入を阻むため、何重にも自身の趣向しゅこうに合った罠を張り巡らせていたらしい。前魔王ゲラも同様だった。

 しかし、今回に限ってはおそらく悠長ゆうちょうにことを構えている時間がない。そして”偽勇者”がゾルダのもとへたどり着きやすいよう、前魔王の拠点をそのまま活用する方が都合が良かった。


 もちろん、あからさまに到達とうたつできるようでは配下たちに疑われてしまう。守備を強固にしているように見せかけて、突破できる余地を残しておく必要がある。そう考えたときに思い出したのが勇者パーティーの生き残りたちのことだった。

 聖騎士せいきしデュソー。大陸屈指の剣術使いである彼は、一騎討ちならばまず負けることはない。ゲラの消滅からゾルダの誕生まで十二年。中年になって少しは老けているだろうが、まだまだ現役のはずだ。

 射術士しゃじゅつしロミ。調薬ちょうやく探索たんさくにも長けた弓の使い手であり、鋭い洞察どうさつには何度も助けられた。エルフの彼はもともと長寿だし、責任感の強いあの性格ならば、間違いなく今回のパーティーにも参加してくれる。


 彼らのことを思い出すと、自然と他の面々も思い浮かんでしまうのは、やはり中身が勇者シャインのままだからだろうか。

 尊敬する大魔術師ソーサーと最愛の大聖女ノアルは前魔王ゲラとの戦いのさなかに亡くなった。

 最終決戦に先立ち役目を果たしてこの世を去った吟遊詩人ぎんゆうしじんのポルン。彼の詩は道中のいやしだった。

 そして聖剣バディ。ともに戦った至高の剣で自らを刺し殺す。なんとも皮肉な結末だが、それが世界のためならば、勇者の本懐ほんかいだ。


 シャインもとい魔王ゾルダはやみの力を結集させ、本能的に呪文を詠唱えいしょうする。

 次の瞬間、彼の姿はフッと消え去った。

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