カノン成長編10 命の重み

 魔王としての感情が強く動くと、カノンのひとみは赤く光る。逆に、人間としての感情が大きく動いたときには額の印が金色に輝く。いずれの場合にも、まるでその感情の波を打ち消すかのように、どちらかの反応が出ると追随ついずいしてもう片方も反応を起こすようだった。

 今回は、デーモンごときの"手先"扱いされたことが気に食わず、魔王の部分が顔を出したというわけだ。


 頭痛が収まって冷静になったカノンは、もしや今の行動も怪しまれたのではないかと思い、パンネルの顔色をちらりとうかがう。

 横柄おうへいなカノンがしおらしくなっていることがよほど可笑しかったのか、パンネルはケラケラと笑っていた。


「ま、僕に不利益が出ないなら、僕自身はカノン様が何者だろうと構わないんですけどねっ」


 そして、話は変わりますが、と続ける。


「殺しちゃった人たち、ちゃんと埋葬まいそうしといてくださいね?」

「は? 他人事みたいに言ってんじゃねーぞ? アンタだってしっかり殺してただろうが」

「僕が倒した二人は死んじゃいませんよ? 気絶させただけですからぁ」


 驚きで切れ長の目を丸くするカノン。


「僕の矢は相手を気絶させる特殊とくしゅなものなんです。ほら、奴ら血出てないでしょ? 特に頭部に当たった場合は、人間なら例外なく気絶します。その後トドメを刺すこともできますけど、殺生せっしょうは僕の流儀りゅうぎじゃないんですよねぇ」


 カノンの目が泳ぐ。いや、デュソーも真っ二つにしてたし、おそわれたのはこちらなので正当防衛には違いないが。それでも視線をらしてしまったのは、パンネルのすべてを見透みすかすような目に早くも苦手意識を持ってしまったからだろうか。


「もちろん、ラミア伯に突き出すことにはなるので、取り調べの後に彼らがどういう処分を下されるかは僕の知ったこっちゃないですよぉ? でも殺しちゃった人に関しては、いくら悪党でもアンデッド化されるのは厄介ですから埋葬まいそうはしといてくださいね」

「分かった。やっておく」


 カノンは素直に答えた。

 魔王にとってはアンデッドも単なる”道具”に過ぎないが、勇者をよそおって目的を達成するまでは怪しまれないよう行動すべきだ。自分のことを疑っているものの前では特に。


「あとは、あのデカい奴をどうするかなぁ。まだ息はあるみたいだけど、カノン様が腹部ふくぶりつけちゃったから、上級の聖職者プリーストでもなければ助けられないでしょーし・・・トドメ、刺してあげたらどうです?」


 パンネルの命令とも取れる指摘してきに舌打ちをするカノン。虫の息になっている大男の元まで大股で歩いて行くと、一思いにその喉元のどもとへ剣を突き立てた。

 男は短く断末魔だんまつまの声を発したが、すぐに事切れたようだ。


 魔王として君臨していた頃は、大した理由もなく、数多の生き物から命を奪ってきた。先ほどの戦いで感じた血のたかぶりはその余韻よいんなのだろう。

 しかし、高揚こうようした気分が収まってしまった今、今度はカノンの人間らしい部分が顔を出す。名前も知らないが、ひとりの人生を終わらせる。三人か・・・そのことが心に重くのし掛かってきた。


 こうした間にも、デュソーは取り乱した様子でルーアの介抱かいほうに当たっている。

 カノンとパンネルは、それぞれ気絶していた二人の野盗をしばり上げ、猿轡さるぐつわませてから叩き起こす。目を覚ました彼らは、何が起きたのか分からないといった表情で周囲を見回した。次いで、声にならない悲鳴ひめいをあげる。


「じゃ、僕はそろそろ行きまーす。死んだ野盗の埋葬まいそう、頼みましたからね! それとぉ、」


 パンネルの顔がぐっと近づいてくる。背伸びをしたようだ。


「出世払い、忘れないでくださいねっ」


 ほんの少し前にも見たにくたらしいウィンク付き。言いたいことを言い切った満足そうなパンネルは、カノンからはなれると首から下げた笛をピーっと鳴らした。

 すると、間もなく大きな鳥が地面に降り立った。ロック鳥だ。急な天敵の登場に、馬車につながれた馬たちが一気にさわがしくなる。


「コイツはクリム。馬はおそわないようにしつけてあるんで安心してください。まだ巣立ちしたばっかりの若い子だから、調教も兼ねて乗ってるんですよぉ」


 パンネルはこしの袋から丸い物体を取り出し、クリムの巨大なくちばしまで持っていく。クリムはうれしそうに飲み込みクエ〜と鳴いた。再び馬たちが恐怖でいななく。

 先ほど捕縛ほばくした野盗たちをその大きな背に乗せるのはカノンの役目だ。最後にパンネル自身がひょいっと飛び乗ると、人懐ひとなつこい笑顔でカノンにぶんぶんと手を振った。


「それじゃ、また生きてお会いできることを祈ってまーすっ!」


 一人と一羽は大空へと飛び立つ。彼らの姿はあっという間に見えなくなった。

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