カノン成長編9 パンネルの笑み

「やだなぁ、そんなに警戒けいかいしないでくださいよぉ」


 するわボケ。カノンは心の中で盛大にツッコミを入れた。


 その少年はパンネルと名乗り、自らを"やまびこ族"だと紹介した。つまり、彼はそもそも少年ではなかったわけだ。

 やまびこ族は山岳地帯の谷間を主な生活拠点きょてんとする種族しゅぞくで、大人でも背丈せたけは人間でいう十歳の子どもほど。また、人間とよく似た造形ぞうけいであるものの、死ぬまで少年少女のような顔立ちであることも特徴の一つだった。

 エルフやドワーフに比べると好奇心が旺盛おうせいで、単独で人間社会に入り込んでいる者も少なくないのが彼らのすごいところだ。


「えっと、到着が遅れたことはあやまります。なにせ上空から勇者様たちのことを見ていたので、降りてくるのに時間がかかっちゃって。ちなみに好きなものはお金でーす。普段、護衛対象ごえいたいしょうに挨拶しないのは別に人間が嫌いとかじゃなくって、してもしなくても報酬ほうしゅう変わらないからってだけ。むしろ権力とお金持ってる人間はだーいすきですよ! よろしくお願いしますねっ」


 早口にしゃべり続け、最後にウィンクまで決めたパンネル。よくもまあそんなに口が回るもんだ。


「あっ」と、パンネルは何かを思い出したように声を上げた。

「まだなんかあんのかよ」


 彼の弾丸トークにうんざりし始めていたカノンは、ぞんざいな返事をする。


「アーミットとそこの騎士さん。急いで手当てしないとじゃないですかぁ?」

「あ、ああ、たしかに。毒か? あいにく血清けっせいの薬は持っていないんだが」

「ふっふーん。僕、どんな毒にもよく効くポーションを二人分持ってますけど」

「本当か?」


 たかが人間ふたりのために無駄な労力を使いたくはないし、ここは大人しくポーションを譲ってもらうべきかとカノンは考えた。

 あとデュソーは解毒薬げどくやくくらい用意しておけ。抜け策め。


「金貨十枚でどうかなっ?」

「あ゛ぁん?!」

「あははっ! 冗談ですよぅ」


 パンネルは悪びれもせず、右手の人差し指を振って笑う。


「他でもないラミア伯の頼みですから。報酬ほうしゅうは後からたっぷりもらえますしねぇ」


 小柄な彼はきびすを返して、アーミットのところまで足取り軽く歩み寄り、うつ伏せている彼を仰向けに寝かし直した。さらに、腰に下げている袋から黄色の液体が入った小瓶こびんを取り出し、魔王もびっくりの乱暴さでアーミットの口へと流し込んだ。

 効果は覿面てきめん。アーミットの呼吸がだんだんと落ち着いてきたのを確認し、パンネルは立ち上がる。


「よし、ちゃんと効いたな。次行ってみよーう!」


 今度はデュソーの元へ。こんな状況でも、パンネルは気味が悪いほど落ち着き払っていた。


「やけに冷静なんだな」

「だって、毒の回りが早くて死んじゃったとしても、それも運命ってヤツだと思いません?」


 カノンの中で複雑な感情がうずを巻いた。


「(運命、か・・・)」


 神妙しんみょうな面持ちのカノンをよそに、パンネルはなおも続ける。


「でもアーミットはともかく、デュソーはこんなしょぼい毒じゃどっちにしろ死なないと思いますよぉ。実際、気絶はしてるけど呼吸も脈も安定してますし。さすがはシャイン様のお仲間ってね!」

「デュソーを知ってるのか?」

「もちろん! 一度、シャイン様のことも助けてあげましたからねぇ。その時も報酬ほうしゅうはたーんまりもらったから恩着せがましくするつもりはないですけど」

「そうなのか」


 となると、このパンネルは魔王の拠点きょてんに通じる道を知っているのではないか。仲間に引き込めたら旅が楽になりそうだ。

 そんな思いから、カノンはいつの間にか彼に興味きょうみを持ち始めていた。


「それより、ちょっと手伝ってくれません?」


 パンネルの言葉がカノンの思考をさえぎる。デュソーを仰向けにしようとするも、自分の力ではびくともしなかったので手伝って欲しいとのことだった。

 カノンは仕方なくデュソーのもとへ行き、パンネルとともにその大きな体をひっくり返した。

 続いて、先ほどと同じ黄色い液体を口に流し込む。。


「ううぅっ」


 うなりながらデュソーが目覚め、軽く頭を左右に振りながら上体を起こした。


「ほらね、大丈夫だったでしょ?」


 と、得意げなパンネル。

 そんな彼の姿を認めるなり、デュソーは騎士らしく居住いずまいを正して言った。


「久しぶりだな、パンネル殿どの。その節は大変世話になった。その・・・今回は騎士として不甲斐ふがいないところを見せてしまったが、助かった。恩に着る」


 堅物かたぶつデュソーを相手にしても、パンネルはペースを崩すことなく答える。


「ほんとだよぉ。あんたとアーミット、ソッコーでやられるんだもん。あとあの女の人・・・」


 そこまで言いかけると、彼はニッと笑って続けた。


「ねぇデュソー、ちょっと行ってあげてよ。野盗やとうに殺されそうになったショックとパニックで気失っちゃったみたいなんだよね」


 それまで周囲の状況を把握はあくできていなかったデュソーが、あわててルーアのもとへ駆けて行く。

 カノンはそんな彼の姿を見て、フンっと大袈裟おおげさに鼻を鳴らしてやった。


「カノン様、あのことは言わないでおいてあげますね。勇者様の出世払いに期待してますよぉ?」


 デュソーを追い払うなり、パンネルがひそひそと話しかけてくる。


「あ? 何のことだ?」

「何って、決まってるじゃないですかぁ。女の人が人質に取られてるところで、あんな風に見境みさかいなく剣を振っちゃう勇者なんていませんよ?」


 ばつの悪そうなカノンの顔を見て、パンネルはニコニコと追いちをかける。


「振る舞いを見てる限り、とても真っ当な勇者様には見えないんですよねぇ。目も真っ赤に光っちゃてたし。あ、ひょっとして悪魔の手先とか?」

「なんだと?!」


 瞬間的にカノンの目に赤い光が灯る。が、同時に勇者の印が反応し、彼は割れるような頭痛に顔をゆがめた。

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