カノン成長編8 野党の襲撃

 コルージャを発って二日目の夜、アストラールとの国境に差し掛かるところで突如とつじょ悲鳴が聞こえた。

 聖騎士デュソーがカノンとルーアに、ほろの中でじっとしているよう言い聞かせてから外に出ると、御者ぎょしゃのアーミットが落車し、地面に転がっていた。鎖骨さこつ近くに小さな矢が刺さっている。


「(早く手当てをしなければ)」


 傷は深くなさそうだが、毒が塗られている可能性もある。解毒げどくは早ければ早いほど良い。

 しかし、見えざる敵がそんな時間を与えてくれるはずもなかった。


 デュソーは自らを目掛けて飛んできた矢を、上体をひねってかわす。勢いを保ったまま反転し、年齢を感じさせない俊足で草むらを駆け、背負った長剣を引き抜いた。

 岩陰いわかげひそんでいた男に向かって、白く光る幅広の刃が振り下ろされる。ヒュっと息を飲む音が聞こえた次の瞬間、男は真っ二つになっていた。


 その間にもどこからか現れた四人の男が馬車を取り囲む。

 すると、ほろの中から素早く飛び出した赤髪の青年が一撃で一人をり伏せた。


 悪童として有名だったカノンも、人を殺めたのは初めてである。しかし、魔王であった頃の感覚が残っているのか、不思議と恐怖は感じなかった。それどころか、血がさわいでいる気すらする。

 所持している剣はデュソーとの実戦を想定した剣術指南けんじゅつしなんで数回だけ使用したもので、特に良質とは言えない代物しろものだ。それでも上手いこと刃に力を乗せられれば、人間相手なら一刀でり捨てられるようだ。


 残る三人は警戒けいかいを強めて馬車から少し距離を取る。男たちの注意がカノンに向いたすきを逃さず、デュソーは己に一番近い一人をまたしても両断した。

 その瞬間だった。


「あっ!!」

「不覚ッ・・・」


 デュソーの上腕じょうわんに一本の小さな矢が刺さった。急速な眩暈めまいとともにデュソーはその場に崩れ落ちる。


 残る二人がいつかかってきても対応できる角度をはかりながら、カノンは剣を構え直した。

 初の実戦を前に、カノンは自分でも驚くほど高揚こうようしていた。


 さらにデュソーを撃ったと見られる男が弓を偃月刀えんげつとうに持ち替え、一対三の戦いとなる。


「ククッ、そうこなくっちゃなぁ?」


 カノン本音とも強がりとも取れる言葉を発し、改めて敵を観察する時間をかせぐ。体格で区別がつきそうだったので、それぞれ『大』『中』『小』と名前をつけてやった。

 デュソーを撃ったのは『小』、小柄だからとあなっていると痛い目を見そうだ。逆に、『大』の構えは隙だらけだった。


 目標を定めたカノンは、瞬時に間合いを詰めて『大』に斬りかかる。

 一度は大きめの偃月刀えんげつとうで受け流されるも、倍速の切り返しで腹部を切り開いてやった。鞣革なめしがわよろいでは刃を防ぎきれず、勢いよく血がき出す。

 さすがに一撃で仕留めることはできなかったが、もう使い物にならないはずだ。


「(あとの二人にも対応しねーと)」


 そう警戒を改めたところで、ほろの方からひときわ高い叫び声が聞こえた。もう一人、隠れていた男にルーアが引っ張り出されたようだ。


「ちっ」


 カノンは状況を把握はあくすると、派手に舌打ちをした。イラつくのはやたら数の多い敵にか、早々に退場したデュソーにか、ルーアの存在を忘れていた自分にか、はたまたそのすべてか。

 カノンを囲む野盗やとうが二人、そしてルーアをほろから引きり出したマントの男。さすがに状況が不利だ。そういえば、ラミアがつけたという護衛ごえいはどこで何をしているのだろう。


「おい赤髪」


 マントの男が、ルーアを羽交いめにしたまま短剣を手にして呼びかけた。


「大人しく剣を置いて両手を頭の後ろに組みな。さもなければ、この姉ちゃんの命は保証しねえ」


 これまでどんな時も優しく接してきてくれたルーアとの思い出が脳裏のうりをよぎる。しかし、ほんの数瞬間後には魔王の意思がそれをかき消した。

 カノンの真紅の目と額の印が同時に光を放つ。頭蓋とうがいが割れているのではないかと錯覚さっかくするほどの痛みに顔をゆがませながら、『中』に斬りかかると、先ほどのデュソーにも匹敵ひってきする鋭さでり伏せた。


 マントの男はカノンの選択に驚き、目を見開く。


「畜生がぁっ!!」


 男がルーアを掴む腕に力を込め、白い喉元のどもとに短剣を突き立てようとした時だった。


 ーーヒュンッ


 細い石の矢が男の首元に突き刺さる。マントの男はその場にドサっと倒れ、微動びどうだにしなくなった。

 続いてもう一本。先ほどと同じ矢が、今度は仲間の惨状さんじょうを見てひとり逃げようとした『小』の側頭部そくとうぶを射抜いたのだった。


「あーあ、これから勇者になろうってお方が、とんだ人でなしだなあ」

「あん?」


 カノンは、言葉とは裏腹うらはらに楽しそうな音を含んだ声に振り向く。

 小柄な少年がにんまりと笑いながらこちらを見つめていた。

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