カノン成長編7 返り討ちの企み

 翌朝、ラミア伯はアストラールへ向かう街道かいどうの入り口まで、数人の従者じゅうしゃとともに見送りに来た。

 ガルガリアでは王家に次ぐ身分でありながら、どこまでも飾らない人物だ。カノンは素直に尊敬そんけいしそうになる一方で、やみの王としてのプライドがそれを許さなかった。


 次にまみえるのは魔王としてだろうか。その時に俺はこの男をどう扱うのだろう。

 魔王の記憶も断片的であり、未熟な今のカノンには想像もつかないことだった。



 街道かいどうを進むこと一刻いっこく、カノンは屋敷やしきを出て以来の疑問ぎもんをデュソーにぶつける。


「なぁ、ラミア伯が付けた護衛ごえいって? 俺ら以外誰もいないけど」

「彼は日頃ほとんど人前に姿を現さないのだ。今回も全く出てこないかもしれん。しかし、ラミア伯が最も信頼しんらいを置く護衛ごえいであることは間違いない。有事ゆうじには必ず助けてくれると保証ほしょうしよう。まずはそういった事態じたいにならないことを願うが」

「うーん・・・そういう事態じたいはたしかに怖いけれど、デュソー様がいるから不安よりも安心が勝っちゃうかなぁ。だって、デュソー様とっても強いもの!」


 真面目に話していたところに、ルーアが可愛らしい台詞せりふ満面まんめんの笑顔で割り込んできた。

 不意打ふいうちをくらった堅物かたぶつデュソーは赤面せきめんして固まっている。


「(やっぱこの二人、ある気がするんだよなぁ)」


 再び余計な詮索せんさくをしかけたカノンだったが、先ほどの話を踏まえた別の関心ごとが頭をよぎる。


「(野盗やとうに襲わせて返り討ちにしてやるのも面白そうだ)」


 こうした悪趣味なところは魔王の記憶を取り戻す前から変わらない。

 カノンがかつて返り討ちにした村の子どもたちも、彼らが一方的に悪いわけではなかった。むしろ、原因はカノンの方にある。


 それはカノンが悪童あくどうとして評判になる前のことだった。

 村の子どもたちを従えてリーダーを気取る年上の少年がいた。彼はカノンにも子分になるよう迫ったが、幼くもかしこかったカノンは、自分は自由に遊べる時間が少ないからと断り、代わりに雑貨屋からぬすんできた木刀をおくった。

 早速リーダー格の少年が木刀を使って子分たちと遊んでいたところ、雑貨店の親父に見つかった。他でもないカノンが、木刀を持って遊んでいる子どもがいると店主に通報つうほうしたのだった。勇者の印を持つ者がうそをつくはずがないと、親父はカノンを信じ込み、この件を親たちにも伝えた。


 リーダー格の少年は親から青痣あおあざができるほどほうきで尻を叩かれ、子分の一人は納戸なんどにまる一日閉じ込められたという。他の者も散々な目にったらしい。

 カノンをうらむのも仕方のないことだが、カノンとしては正当防衛ぼうえいとして相手をボコボコにするため、おそわれる理由が欲しかっただけである。のちに復讐ふくしゅうに失敗して返り討ちにされた彼らは、まさにカノンのてのひらおどっていたわけだ。


「カノン、またよからぬことを考えてはいまいな」

「いーや、ぜんぜん?」

「間違っても野党やとうをおびき寄せて返り討ちにしようなんて考えるなよ。考えてたとしても行動はするな」

「あ、はい」


 ちぇっ、お見通しかよ。

 殴られるのも嫌なのでうらみ節は心の中に押しとどめ、今回はデュソーの忠告ちゅうこくを受け入れることした。道中で面倒事めんどうごとになって本来の目的に支障ししょうをきたすのはよろしくないしな。


「カノンちゃん、チェリーパイ食べる? 昨日、お屋敷やしきのメイドさんにお願いして厨房ちゅうぼうを使わせてもらったの。つい先日、ランスからブラックチェリーが入荷していたんですって!」

「食ってやる。早くよこせ」


 カノンはルーアから受け取るなりすごい勢いでチェリーパイを食べ始めた。


「・・・美味い」


 決して表情は変えないし、ぶっきらぼうでもあるけれど、それでも毎回カノンがちゃんと伝えてくれるこの三文字がルーアは大好きだった。


「(もうこの言葉も聞けなくなるのかしら)」


 好物にかぶりつくカノンをながめながら、ルーアはたった今感じたさみしさを心の奥底に仕舞しまい込み微笑ほほえんだ。

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