カノン成長編6 辺境伯ラミア

 ランスを発って丸一日が経過した。

 朝から辺境伯のお膝下ひざもとである城下町コルージャに寄り、食糧や水を調達する。昼には屋敷にて伯爵はくしゃくラミアに謁見えっけんする手筈てはずとなっていた。


 この地を治めるラミア伯は在位二十年目。善良な性格で知られ、公的行事以外ではきらびやかな衣服をまとうこともなく、慎ましくらしているそうだ。ガルガリア国王から多大な信頼を得ていることに加え、領民りょうみんからの支持も厚い、貴族のかがみだった。


 ローアン辺境伯領は西側をアストラールと隣接し、北部には海が広がっている。一方で南東部は大森林と山岳に囲まれた地形から、魔物の侵攻を受けやすい。ゆえに、防衛ぼうえい面でガルガリアが特に力を入れている地域なのだった。

 身分を重視するガルガリアには珍しく、この地の領主は世襲せしゅう制を取らない。王の家臣団の中からもっとも優秀な者が一代限りで抜擢ばってきされ、"人質"として両親または子供のうち二人がガルガリアの王都で生活する決まりとなっている。重い責任が伴う役職ではあるが、任期を終え定年を迎えたあかつきには、ほうび美に家族ともども、第一級貴族とし手厚くぐうされるのだった。



 滅多に他人を認めないカノンが一目置く存在、それがラミアだった。

 カノンの誕生以降、彼がランスの村を訪れたのは二度。強くカノンの印象に残っているのはその二回目だ。


 魔王ゲラの記憶を取り戻すよりも前、ただの悪戯いたずら小僧だった当時八歳のカノンは、村へやってきたラミアを脅かそうと草影から飛び出した。その子供じみた企みは、カノンを曲者くせものと勘違いした側近そっきんたちが、今にも斬り捨てんと鬼の形相で向かってくるという結果に終わったのだが。

 正直死んだと思ったその時、ラミアが静かに右手をあげて側近たちの動きを制したのだった。彼らの動きが一瞬で止まる。そして、その場で下馬してカノンに近寄ると、


「カノン殿よ、部下の非礼をびたい。ご誕生の折にお顔を拝見はいけんいたしてから八年か・・・大きくなられましたな」


 とおだやかな声音で語りかけ、左膝をついて右腕を外に広げた。ガルガリアにおいて身分の高い者が対等な関係を認める際の挨拶あいさつだ。

 勇者であるということは、アストラール聖王とガルガリア国王を除き、いかなる公人からも対等に扱われるということ。よって、カノンは幼少よりその礼儀れいぎ作法を教わってはいたものの、馬鹿馬鹿しく思い練習などしたこともなかった。

 しかし、この時だけはぎこちないながらも応えてしまったのだった。いや、身体がとっさに反応したという方が正しいか。下手な魔族よりもよほど迫力があり、あえて人間から配下を選ぶならばラミアをおいて他にないと考えるほどだ。



 屋敷へ到着すると、伯爵はすでに準備が整っているとのことだった。

 デュソーは玄関口で待ち構えていた召使めしつかいたちにルーアと荷物を預け、疲れたと文句を垂れるカノンを連れて、到着したその足で謁見えっけんの間へと向かった。


「ご、ご無沙汰しておりますラミア伯」


 赤い絨毯じゅうたんの敷かれた謁見えっけんの間へと導かれたカノンは、ラミア伯に正対するや否や、左膝をついて右腕を広げた。一方のデュソーは両膝をつき両手を胸で交差させて頭を下げる。これは身分が下であることを認める挨拶だった。

 ラミアはカノンに対しては同様のポーズで応え、デュソーには直立したまま右手をあげた。姿勢を戻すことを許す合図だ。

 そこからいくらかの型通りの問答が済むと、二人はラミアから一泊の滞在を勧められ、それぞれの客室に案内された。



 その日の晩、ラミアはデュソーを自らの書斎しょさいへ呼び出し、夜通し語り明かした。

 何をかくそう、彼らは旧知の親友である。謁見えっけんではカノンへの示しを考えて堅苦しい対応を貫いていたが、本来の二人はもっと砕けた関係だ。

 積もる話は山のようにあったが、話題の中心はやはりカノンのことだった。


「前任が辞退じたいを申し出たと聞いた時はどうなることかと思いましたが、なんとかここまで参りました。私も人に教えるということに慣れておらず、我がまま坊主だったカノンを押さえ付けるのに少々手荒な手段を取ってしまったこともあります」


 デュソーは稽古けいこ初日や倉庫に監禁かんきんしようとした日のことを思い出して言った。


「我が人生で勇者を見たのはシャイン殿どの、ただ一人だ。ゆえに基準を断定することはできない。しかし、彼には内からき出る心の強さがあったように思う。カノン殿にも熱はあるが、何かゆがんでいるように感じられたのもまた事実だ。まァ、それでも勇者は勇者。遠からず降りかかるであろうわざわいを取り除くため、不可欠な存在には違いない」

「ええ。そうでなければ聖王から直々の命で七年もランスに腰を据え、カノンを育ててきた意味がない」


 ラミアは腕組みして、しばし押し黙った後に口を開いた。


「デュソー、新たな勇者を再び導いてゆく存在として、やはりそなた以上の適任はいない。人生において二度も勇者に付き従い、補助するなど聞いたことはないが。少なくとも人間の寿命では、な」


 もちろんシャインを失った雪辱せつじょくを果たすため、デュソーもそのつもりだった。

 しかし、聖王が別の者に任を命ずる可能性も否定はできない。


「とにかくカノンを連れてアストラールへ行き、聖王に謁見えっけんしないことには」

「そうか。ランスとここまでの街道は我が軍の警備けいびも行き届いているから安心だが、そなたもご存知の通り、ここからアストラールの道沿いではしばしば野盗やとうの襲撃も報告される。良ければ手練てだれの護衛ごえいを一人付けたい。いかがだろうか?」

「は、ありがたき」


 デュソーはラミア伯の提案を受け入れると、その配慮に短く礼を述べた。

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