カノン成長編3 この体で強くなる

「カノン、聖都へ発つまで一週間となった」


 日課である勉強と修練しゅうれんを終えた後、教育係のデュソーが言った。

 十五になった今も、剣術の稽古けいこでデュソーからはまだ一本も取れていない。それでも、受け身すら取れずに吹っ飛ばされることはまずなくなったし、ここ数回は良い勝負に持ち込めていると思う。

 初日に受けた屈辱くつじょくの炎は未だ燃え盛っているが、デュソーは魔王討伐とうばつの旅にもついてくるということだし、打ち負かす機会などこの先いくらでもあるだろう。


「(殺してしまっても知らないぞ、クククッ)」


 殺気を隠すことすらせず、下卑た笑いをこちらへ送るカノンにデュソーは内心で深く嘆息たんそくした。比較するつもりはないが、何もかもが先代のシャインとは大違いだ。

 真面目に取り合うことの馬鹿馬鹿しさはこの七年で身に染みているので、小さく鼻を鳴らして軽く流した。


 両親のハンスとハンナ、それから世話係のルーアにささやかながら誕生日を祝ってもらってから十日が経つ。出立が近付いていることはカノンも承知していた。


「今のうちに準備をしておくのだぞ。ただし、荷物は自分で持てる範囲で収めるように。それ以外はひとまず両親に預けておきなさい。それと・・・」


 カノンは教育係の言葉など右から左だ。いかにも面倒臭そうに、欠伸あくび混じりの相槌あいづちを打った。


「おい、気絶させられたいか!」


 デュソーの右の拳に一瞬光がこもる。やべぇ、これは食らったらまずいやつだ。

 不真面目に見えても、カノンの強さに対する執着は一級品。剣術の稽古の合間に自ら志願して格闘も教わっている。ところが、こちらは今まで良い勝負になったことすらない。カノンだって上達しているはずなのに、いつもボコボコにされて終わりだ。騎士より格闘家の方が向いてるよ、お前。


「クソッ、ごめんなさい」

「ひとこと余計だが・・・まあいい。先ほど村長にも伝えてきたところ、村長の主催で送別会をしてくれるそうだ。お世話になった人たちにしっかりと挨拶をするんだぞ。村は離れるが、皆お前の味方には違いないのだからな」


 カノンは右の口角を上げてにやりと笑った。


「それは忠実なしもべということか?」

「殺されたいのか」


 再びデュソーは右の拳を握りしめてすごんだが、すぐにその手をゆるめた。


「特にお前は数えきれないほど迷惑をかけてきただろう。最後くらい・・・いや、言うだけ無駄か。このようなことを口にするのは畏れ多いが、なぜ神はお前のようなクソガキに勇者の印をお与えになったのだろうな」


 カノンはカチンときた。勇者様にクソガキだ? 今すぐ地獄へ送ってやろうか。

 しかし、今デュソーを殺すことが得策とくさくでないことは弁えているし、額の印に邪魔されるので呪文も唱えようもない。



 魔王ゲラの記憶がよみがえると、この男が勇者シャインと共にいた聖騎士だと気が付くのに時間は掛からなかった。稽古初日に植え付けられた屈辱を別にしても、記憶が蘇る前から拭えぬ嫌悪を感じていたのはそのためだろう。

 人類にとって頼もしい存在である彼も、魔王の体を取り戻しさえすれば即座そくざに殺せるはずだ。


 カノンは教育係がデュソーに代わってからの間、お世辞にも素直とは言えなかったが、従順じゅうじゅん指導しどうを受けてきた。もちろんコイツのことは心の底から嫌いだ。だが、戦いに関するセンスは確かだし、カノンの剣技が飛躍的ひやくてきに成長したのは否定しようのない事実だった。

 カノンが記憶とともに取り戻したのは邪悪な心と野心のみ。もちろん人間の身体では勝手が違う上に、何かにつけては勇者の印が思考や行動を邪魔してくる。野望のためには、不都合の多いこの身体で強くなる必要があったのだ。


 新たな魔王が現れたという話はまだ聞かないが、カノンが生まれているということは、どこかで"かつて勇者シャインだったもの"も誕生しているはずだ。そいつから器を手に入れる。

 忌々しいが、この男の協力が無ければ魔王のもとまでたどり着くことすら難しいのは明白だ。よって、自らが魔王ゲラの生まれ変わりであることをさとられないよう注意しつつ、最後までパーティーを組んで旅を続けるしかあるまい。


「(まだ、力が必要だ)」


 カノンは額の印にそっと触れ、深く息を吐いた。

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