カノン成長編2 蘇る魔王の記憶

 カノンに転機が訪れたのは、十歳の誕生日を迎えた数日後の夜だった。

 前世である魔王ゲラの記憶がよみがえったのだ。


「グあああああああああァァァ!!!!」


 夢の中で、勇者シャインに聖剣を突き立てられた痛みがフラッシュバックする。断末魔だんまつまの代わりに禁忌きんきの呪文を叫んだとき、まばゆい光に包まれて視界が真っ白になった。



 絶叫と同時に目覚めたカノンは、驚きの形相で駆けつけた母親に怒りの目を向ける。


「ハァ、ハァ・・・人間の女か。まずはお前から魔獣まじゅうのエサにしてやろう」


 と、ハンナにとっては意味が分からない言葉を発すると、目の前に迫り喉元のどもと鷲掴わしづかみにした。


「ヒイイッ」

「ハンナ!!!」


 遅れて隣室から飛び起きてきたハンスは、普段の穏やかさからは考えれない腕力で、妻からカノンを引き離した。

 抜群の運動神経を持っているとはいえ、カノンはまだ身体の小さな少年。一方のハンスは、畑仕事をしながら自警団じけいだんの一員として村を害獣がいじゅうなどから守ってきた屈強くっきょうな男だ。単純な力比べなら、まだハンスに分があった。


「カノン、一体何があった?!」

人間風情にんげんふぜいが魔王に歯向かうとは、よほど死にたいと見えるな? ククッ、復活の祝いに女ともども地獄に送ってやろう。アイドロワレタ・・・」


 禍々しい呪文を唱え始めた時だった。カノンの額で勇者の印が光り輝いたのだ。


「ぅぐっ・・・あぁアアアァァッ!!」


 激しい頭痛におそわれたカノンは、叫びながらその場に崩れ落ちた。


「カノン、我が息子よ。落ち着くのだ。きっと悪い夢でも見たのだろう」


 必死に語りかける父の声はもはや聞こえていなかった。ついにはバタッと倒れて動かなくなると、ようやく額の光がおさまった。

 ハンスは気を失ったカノンを抱きかかえてベッドに寝かせる。ハンナには部屋へ戻って休むよう言った。妻は目覚めた途端とたに再び襲いかかってくる危険を案じたが、ハンスはベッドのかたわらで幼い息子を見守り続けることにした。


 一刻ほどで目覚めたカノンは、ハンスを一瞥してから天井の一点を見つめてつぶやいた。


「悪かったよ、父さん」


 そうして再び眠りにつくのだった。



 カノンの中で蘇った魔王ゲラの記憶は断片的だった。

 それでも自分がこれからなすべきことは明確だ。勇者から魔王の体を取り戻すこと。心と体が一つに戻れば本来の力が蘇り、世界をやみで覆うことも易かろう。


 聖魔逆転は魔王の魂を勇者に、勇者の魂を魔王に転生させることで魂の完全なる消滅を防ぐ呪文だ。すなわち勇者シャインが新たな魔王として、どこかで生まれているはずである。

 忌々しい勇者の印が額にある限り、奴を倒して本来の体を取り戻すほかに我が野望を叶える選択肢はない。ならば仮初かりそめの勇者として魔王に迫り、決着を付けてやる。我が宿敵シャインの生まれ変わりよ、待っていろ。



 ここに、魔王の記憶と意志を持つ史上最悪の”勇者”が誕生した。

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