カノン成長編1 最悪の勇者誕生
勇者の印を持つ子が誕生したという知らせは、魔法、伝令、伝書鳥といったありとあらゆる手段でドルムト大陸中に広められた。
この世界において、勇者の誕生イコール喜ばしい出来事であるとは限らない。魔王がはびこるところに勇者は現るというのが通例だからだ。
さらに人々の不安を駆り立てたのは、魔王ゲラと勇者シャインが繰り広げた
ガルガリア王国のローアン
「これは・・・勇者の印!?」
夫のハンスは糸のように細い目をこれ以上ないほど見開き、我が子の額に浮かんだ印を凝視した。
勇者の印は、宿主の感情が
さらに不思議なことに、この赤ん坊は人間には珍しい紅い髪と紅い瞳を持っていた。それは魔物を連想させるような、深い、深い紅だった。
とはいっても、印の存在に比べれば
「あなた・・・」
お産もまもなくベッドに横たわっていたハンナが、無理を押して起き上がろうとする。ハンスはそんな妻を再び寝かせながらひと通り考えを巡らせると、
「・・・まずは辺境伯様にお知らせしなければ」
と口にした。
勇者は同時に複数人が存在することはない。つまり、もし間違って亡くなるようなことがあれば、次の勇者が誕生し成長するまで世界は魔王の脅威に
また、勇者の印を持った子供は一般に青年として認められる十五歳までの間、生まれた土地で成長させるのが習わしとなっている。ハンスが勇者の誕生を知らせるや否や、すぐに領主である
勇者の誕生から十日目の朝、すっかり体力の回復したハンナが朝食の用意をしていると、ドンドンと扉を強く叩く音が
「あの〜、勇者の印を持った子が生まれたという家はここですか?」
扉の前で待ち構えていたひと組の男女は、ガルガリア王国に
先ほど言葉を発したのが勇者の世話係を務めることになった女性だ。歳は二十で、名をルーアといった。実年齢よりも幼く可愛らしい印象を受けるのは、茶髪のおさげと柔和な口調のためだろうか。
その隣に立つ男性がドランだ。ルーアよりも頭ひとつ分上背があり、筋肉質な体型が特徴の
ランスの村はアストラールの聖都シャイロンから千カイルほど離れており、馬車を使っても数日がかりの移動となってしまう。そのため、ルーアとドランは
カノンは非常に優秀な頭脳の持ち主だった。才覚があるにしても早すぎるスピードで読み書きを理解し、五歳の時点で大人にも引けを取らないほど巧みに言語を操った。
これだけ聞けば
たとえば、いくらか年上の子供達にちょっかいをかけては相手を怒らせて楽しむ。相手が怒るとさらに挑発を重ねて
枚挙に暇がない数々の悪行を繰り返しては教育係ドランに説教され、両手にバケツを持って立たされた。もちろん、村の子どもたちはカノンに関わろうとはしなくなり、彼は孤立の一途を
そして唯一の抑止力だったドランも、カノンが八歳になると地獄を見ることとなる。
二人の力関係は一気に逆転し、剣術の
「やぁ、とうっ、おらっ!」
「ちょ、待て! まいった、まいったって!」
「まだまだぁ! うりゃあッ!」
全身アザだらけになるどころか、ついには頭部から出血する始末。
何日かして、新しい教育係が聖都シャイロンからやってきた。
「もしや勇者様の・・・」
「はい、そのデュソーです」
名前にピンと来たハンスが問うと、彼は表情を動かすことなく答えた。
デュソーはドルムト大陸でも指折りの剣術使いと名高い騎士である。ガルガリアが王国をあげて
彼はまだ
「(勝ち筋が、見えねぇ・・・)」
受け身を取る間すらも与えられず、危うく頭を打ちつけるところだったが、そんなことはもうどうでも良かった。血の味がしてくるほど唇を
勇者は渋々ながら教育係に従い、真面目に勉学と剣術の
相変わらず口は悪いし、やはり他人への対応も粗野だったが、最低限の
ハンスとハンナはそんなカノンを微笑ましく見守る日々が続いた。
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