第49話 名もなきハッピーエンド
人生、生きていれば色々なことが起こる。
自分は平々凡々とした人生を送れると生まれた時は思っていた。
物事がついた頃には、それは幻想であることを知った。
血筋という呪いに縛られ、幼い頃から人と触れ合う事を極端に禁じられた。
どんな人間が危害を加えるか分からないからと、全て一族の検閲の入った人間としか接する事が出来なかった。
批判されることは無い。全てにおいて肯定される。
この世はなんてつまらないんだろう、と子供ながらに思った。
文字が読めるようになって、本をたくさん読むようになった。
本の中には自分が触れたことの無い、不可思議な世界が広がっていた。
それと同時に、自分の暮らしているこの『世界』は全てではないことを知った。
いつかこの『世界』を飛び出して、この目で本当の世界に触れてみたい。
その欲望は日に日に強くなっていった。
そして、待ち望んでいた機会が遂に訪れた。
一瞬の隙を突いて、街へと飛び出せたのだ。
しかし、何も分からなかった。
外に出てどのように暮らせば良いのか、どういう風にすれば生きていけるのか分からなかった。
お腹は減るし、喉はすぐ渇く。
とりあえず川に向かい、そこで水と食料を確保した。
川には意外と魚は居るし、罠は木の小枝を上手く組み合わせればササッと作れた。
食べ物はなんとかなるが、雨露をしのぐ住処が無い。
ガード下や路地裏は既に諸先輩方が占有しており、自分の居場所はない。
24時間営業のカフェやレストランに入るにしても、お金がない。
まずはお金を稼ぐ手段を見つけなければいけない。
諸先輩方に日銭を稼ぐ方法を教わり、なんとかその日屋根の下に入れる程度のお金は手にできるようになった。
今まで自力でお金を稼ぐなんてこともやったことも無かったが、自分の力で社会に貢献するとその対価がもらえるという当たり前ながらもその尊さに初めて身をもって知る事が出来た。
そんな暮らしを続けていて、だいぶ体力も削られて辛くなってきた中、辿り着いたのが喫茶店『サンティ』だった。
マスターは何も言わずに自分を受け入れてくれて、コーヒー一杯で一晩明かすことを許してくれた。
しかし自分が入り浸るようになって以降、喫茶店の客の入りがみるみるうちに減っている事に気づいた。まあこの見た目とかじゃしょうがないよな・・・・・・
そろそろ喫茶店から『卒業』しようと思っていた最後の日に、彼女は突然現れた。
彼女は自分の様子を見るやいなや世話をしたいと言い出して、無理矢理彼女の家に引き込まれた。
そんなお人好しな彼女にまともな衣服や生活を提供して貰って、いよいよという所で孝造じいさんに捕まってしまった。
その後は社会経験も積めたということで、孝造じいさんが偶然にも買収した世話になった彼女の会社を任されることになった。
今まで経営コンサル的なことは学習の一環としてやらされていたが、実際に会社の社長になって経営するのは初めてだった。流石に独りでやらせるのは可哀想だと思ってくれたのか、許嫁の神を側に置いてもらい二人三脚で経営を始めた。
会社自体は主軸の『アロマジック』が代替されない限り安泰ではあったが、それ以外がまるでダメだった。消費者向け企業だというのに知名度もあまり無いし、開発力もそこそこといったところだった。
ここにテコを入れるべく、知名度向上プロジェクトを新たに立ち上げ、そのマネジャーにアロマジック開発者でかつ命の恩人の彼女を宛がうことにし、開発の方は彼女の同僚で信頼の置ける右腕だったはらちゃんを置くことにした。
知名度向上プロジェクトについては動画共有サイトで有名インフルエンサーとのコラボ企画が功を奏し、あっという間に人気コンテンツの仲間入りを果たした。
その間に彼女はパートナーを見つけ、幸せも手にしたようだった。とても幸せそうな彼女を見ていると、良かったねという応援の気持ちと、何故か遠くに行ってしまったようで寂しいという気持ちが不思議と入り交じっていた。
自分の中に違和感を感じ始めたのはこの頃からだった。
一方、開発プロジェクトの方はというと、今ひとつ実績を上げられないまま燻り続けていた。
家同士の争いで神が許嫁では無くなったり、事件に事欠かなかった日々だったが、一旦知名度向上プロジェクトが上手く軌道に載ったお祝いと開発プロジェクトの良い気分転換になればということで、温泉旅館を企画した。
こんなに『友人』と呼べる人に囲まれて旅行をするのが生涯で初めてだったので、色々と不安が多かったがその辺りは付き人達がよしなにやってくれた。
自分としてはかなり上手く行ったと思っていた。みんなが楽しい旅行を終えられるはずだと思っていた。
だが、そうは行かなかった。
結果として彼女を深く傷つけることになってしまった。
今までの仕事に関するプレッシャーが、はらちゃんをそのような行動に走らせてしまったのだろうか。遠因を作ってしまったのは、自分自身だ。
しかし、自分はどこかでホッとしていた。
その気持ちを抱いてしまったことに、深い罪悪感を抱えた。
彼女にとって真に信頼が置けるパートナーは彼ではないのだろうと。本当であれば自分がその位置に相応しいのではないのか。そんなことをいつの間にか心の隅で思うようになっていた。
名も知らぬ自分自身を何も怪しまずに助け、特に見返りも求めることも無かった。
そして仕事では『アロマジック』を生みだし実績についても申し分ない。
自分に無い生きる強さと聖人君子のような彼女に憧れ、そしていつしか共に生きたいと思うようになっていたのだ。
最近このことについて恐る恐る神と会話したのだが、その気持ちの正体は紛れもない『恋』だと知った。
そして今、彼女はそのことを遂に知り得てしまったのである。
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心の整理はしばらくつかなかった。
私の事を志成が好きなんて、そんな世界線がこの世に存在するんだって。
とりあえず子会社を任されるって話ということなので、ってこっちの方が余っ程大事なんですけど。
その後の孝造じいさんからの話は全く記憶に無く、浮き足だったまま帰宅の途に着いた。
人間、一挙にとんでもない話が次々舞い込むと何も出来なくなるもんなんだな。
帰りの車は気を利かせたのか知らないが、志成と二人っきりにされた。
どういう言葉を掛けたらいいものか。
志成から好意を寄せて貰っているのはありがたいことだが、そこまでプライベートで話すことは今までなかったので、詳しい人となりとか、普段何を思って生きているのか、イマイチ良く分かっていない。
というか、いつから私の事好きだったの?全然そんな素振り見せたこと無いじゃん!もしかしてジジイと付き合い出して、あえて出さないようにしてたとか?なにそれ可愛い。
聞きたいことは星の数ほどあるが、まずはこのことについて聞いておきたい。
「志成さんの、ご趣味は何ですか?」
「趣味・・・・・・ですか・・・・・・?」
今聞くべき事なのかは甚だ疑問だが、変な緊張で会話が続かないと気まずくなりそうだったので切り出した。第一、志成が普段何しているのは全く情報が無いから、話題にも困るし。これが無いと延々と仕事の話されて終わりそうだし、それじゃプライベートって言えないでしょ。
とはいえ志成の表情を見る限りはメチャクチャ返答に困っているようだ。最初に切り出す質問チョイス間違えた・・・・・・?
「趣味は、本を読むことですかね。強いて挙げるとしたら。本は必要に駆られて習慣になっているだけで、趣味とは言えないかもですが」
「へぇ、読書が趣味ですか。さすが、だから博識なんですね」
「ちょっと、そんな褒め方気持ち悪いですよ」
志成に笑顔が戻った。
いつも通りの優しい表情を浮かべる志成の方が、話しやすい。
そっちの志成の方が、私は好きだ。
「オススメの本を教えてくださいよ。私も会社を経営しなきゃいけなくなったので、それに役立つ本とか」
「分かりました。今思い浮かんだ本のリスト、後で送っておきます」
志成と今更ながら連絡先を交換し、本屋に一緒に出掛ける約束を取り付けた。
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