第44話 私の中のかぼちゃ
少し気持ちが落ち着いたところで、居間に招き入れられた。
「まったくなんだい、家に帰ってきていきなり泣き崩れてさ・・・・・・」
「ゴメン、色々あってさ」
今その話をされると、感情がグチャグチャになって何も喋れなくなってしまう。
気持ちの整理が全く付いていない。
どう自分の中で折り合いを付けられるか、全く見当がつかない。
「仕事で何かあったのかい?それとも色恋沙汰かい?あんたの性格からしたら、色恋沙汰くらいじゃないと、うちに帰って泣きやしないだろうから、そっちなんだろうけど」
さすが親といったところか、全てお見通しのようだ。
「あんた、今までマトモに恋愛してこなかったからね・・・・・・学生自体はそこそこ声掛けられたのに、全然相手してなかったでしょ」
「そういうのに一切興味無かったからね。そもそも人と関わるのがあんまり好きじゃなかったし」
いつからか、人との関わりを避けて生きるようになった。
集団に属すれば、いずれは争いに巻き込まれる。
幼少期に仲良くなった友達が居た。小学校低学年時代に本をよく読むということで図書室でしょっちゅう会った事がきっかけだった。
そんな仲良しだった私達を見て、クラスのイケイケグループに目を付けられ、物を隠されるとか典型的なイジメに遭い、その友達は学校に来なくなってしまった。
後になって分かったことだが、元々その子のことに好意を寄せていたイケイケグループの1人が気を惹きたくてやったそうだ。
当然私も友人ということで蔑視の対象に晴れてなったわけだが、懇切丁寧にイケイケグループを逆に論理責めや空気の操作などあらゆる手段を使い、そのイジメは見る影も無くなった。
結局その友人はイジメを受けたこと自体がトラウマになり学校に近づけなくなり、半年後に他所の地域に転校してしまうこととなった。
それ以来、人とは一線を置いて関わることにした。
思えばここに至るまで奇跡の連続だった。
大学に入るまで人とまともに関わることを避けていた私が、『人間観察サークル』という不思議な人間の集まりに参加しようと思ったこと自体が今考えれば奇跡である。
中高時代はマトモに人付き合いを避けていた私は、大学に進学しても独りでいることを貫こうとしていた。
そんな時に新入生勧誘の時期に出会ったのがあのサークルであった。
最初は新歓のビラを大学の校内で配っている姿を見かけたが、他のサークルと違って覇気も無く、声を掛ける事も無くただ静かに前にビラを突き出すだけであった。
まるで勧誘する気が全く無いのに何故か他のサークルに混ざって勧誘を行っているのだ。他の勧誘しているサークルに煙たがられようとそこに居続ける胆力たるや、『本物』である。
その姿にかつての自分を勝手に重ねてしまった私は、ビラを受け取り指定の日時に指定の場所に出向いてしまったのだ。
その日集まった新入生も、私と同じような境遇に今まで置かれていた人々であった。皆辛い目に遭い心を閉ざし、人との関わりを断ってきていた。
『人間観察サークル』は俯瞰的に人を見て、集団においてどのように関わるかを考える集団である。陽キャや陰キャ、凡人から変人まで幅広く多くの人を観察し、私達はその人達と一定の距離を取りながら、いかに上手く社会の中で生きるのかをひたすら見極め続ける。
そのうちサークル内でもなんとなく人との適切な距離感をとれるようになり、会話が指数関数的に増加していった。
新入生のメンバーであった4人とはそこで仲良くなれたのだ。
『人間観察サークル』の御陰でなんとか人との関わり方を自分なりに掴み、社会人デビューもすることが出来て、今に至る。
そんな仲間で、一番親しかったジジイ。
彼に裏切られた悲しみは簡単に癒えるものではない。
やはり人と関わることは傷つくリスクと表裏一体だから、そもそも関わってはいけないものだったのだ。
いつかこういった裏切りに遭うんだから。
私は二度目の過ちを犯したのだ。
「でも、大学行ってからは随分楽しそうにやってたじゃない?」
母がにこやかに笑い、奥の戸棚から煎餅とお茶を用意してくれた。
私は冷えた体を温める為にやけど覚悟でお茶を飲み始める。
案の定舌の先が焼けた。
「う~ん・・・・・・」
「あまりにも人付き合いが無いから心配してたけど、大学じゃ上手くやれていたようで、お母さん安心したんだから」
湯気が立ち上る湯飲みに息を吹き掛け、そっと母はお茶に口をつけた。
「結局何かやってみたら、いずれはどこかの場面で傷つくもんだよ。自分が気を付けていたところで、相手は何をするかなんて100%分かりゃしないんだから。そんなことでクヨクヨしているくらいなら、相手の良いところを見つけてあげて、最大限その人の為に何かをしてあげた方が良いよ。結果裏切られたにしても、その人に最高の礼儀を払ったし、事実その人はその間私の存在を認識してくれていたんだから。それは立派な自分の生きた証って言えないかい?」
「それはさすがに人が良すぎるよ。そんなんじゃすぐ詐欺に遭っちゃうよ」
「ハハ、それもそうだね。でもうちはお金無いから・・・・・・無い袖は振れないからね」
母は優しく笑い、私の手を握ってきた。
「うちにはいつまでも居て良いけど、立ち止まる時間が多ければ多いほど人生を無駄にするわよ。誰かの役に立つ時間を増やして、もっと大きい傷を作って来なさい。そんな些細な傷のことなんか忘れるから」
「まあ、それは分かってるから・・・・・・でもちょっと、休ませて・・・・・・」
母の手に頬ずりし、親の温もりを久しぶりに味わう。
気づかないうちにこんなに皺くちゃになったんか。
もうちょっと母のことも気遣わなきゃな。
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