第45話 素直になれそう

 一日中泣いては落ち込みを繰り返し、一睡も出来ぬまま翌日を迎えた。


 母に諭されたり、自分でもどうにか気持ちを整理しようと思ったが、なかなか踏ん切りは付かなかった。

 なにせ赤の他人の話では無く、知り合い同士による裏切りだったから余計ショックがデカい。


 私の存在を知っておきながら、何故そんな行動に出たのだろうか。

 今でも納得することは出来ない。

 

 私が忙しすぎて構ってあげられなかったから?

 自分が至らないせいだという自己厭悪のループを延々繰り返している。

 考えたって仕方ないってことは頭で分かっているくせに。


 ウジウジ悩み続けるところなんか、昔と何にも変わっていなかった。

 根っこのところはなかなか変わらないもんなんだな。


 そういえば旅館から出る時に、スマホの電源をOFFにしたままだった。

 通知が山のように溜まっているのだろう。


 ・・・・・・あ、そういえば、ここが田舎過ぎて電波入らなかったんだった。

 どうせ上辺だけの言葉だけを並べて慰めてくるだけだ。

 見るだけ無駄だ。


 家に居ると気が滅入るだけだ。

 久々に裏山にでも登ってみるか。


 まだ空気は冷たい。

 息を吸う度に鼻や口が痛む。


 花はもう間も無く咲く頃になるだろう。

 寒い季節でも青々とした葉を付ける植物たちはなんてたくましいのだろう。

 それに比べて私は・・・・・・


 山の頂上へ登りつめる。

 この街を一望する事が出来る、数少ない街の娯楽の一つである。

 夜になれば、ここから満天の星空を見ることも出来る。


 ミニチュアのように小さくなった家々や人達を見ると、人間なんて本当にちっぽけな存在なんだと思えてくる。

 自分も普段はその1人なんだと思うと、そんなに大した人間じゃないくせに何勝手にどうでも良いことでいじけてるんだと、諭されているようだ。


「なにやってんだろ、私」


 不意に独り言を吐いてしまった。

 その言葉は風に溶け込んでいく。


「ほんと、なにやってんですか」


 近くから声がした。

 どうやら近くに人が居たようだ。

 しかも、それは私の知っている人のようだ。


「探しましたよ。全く、人騒がせなんだから」


 志成が嘆息をつき、安堵するかのような微笑みを浮かべた。


「探さないでって、書いておいたのに」

「あんなこと書かれていたら、探すに決まっているでしょ!」


 いつになく語気が激しい。

 おとなしい感じでいつも喋っている印象だったが、今日は全く違う。

 何が彼をそうさせるのだろう?


 別に私に対してそこまでする必要無いのに。


「勝手に居なくならないでくださいよ・・・・・・寂しいじゃないですか」

「それは私の勝手でしょ。理由もメモに書いたし、もうほっといてくださいよ」


 その場から去ろうとした私の腕を、志成は力強く握って来た。


「逃がさないですよ。もうあなたは、あの時みたいな赤の他人じゃない。今度は自分があなたを助ける番です」

「別に助けなくてもいいですよ。あなたの人生にとっては私なんか駒の一つでしかないんですから、そんな奴に時間を掛けるだけ無駄ですよ」


 その言葉に志成は口を震わせ、息を大きく吸い込んだ。


「そういう風に思ったことは一度も無いです!なんでそんな自分のことを卑下するようなことを言うんですか?あなたはいつも人を全力で導いて来た『救世主』じゃないですか!僕自身もあなたに救われた1人です。そんな人が・・・・・・悲しいことを言わないで下さい」


 志成はそう言い切ると、私を思いっきり抱きしめてきた。


「ちょ、な、うぐぐ・・・・・・ぐるじい・・・・・・」

「放しません!」


 腕の力がより一層強くなった。

 コルセットを思いっきりキツく締められているような感覚。

 あまりの力に吐き出しそうになるが、ご飯をまともに食べてなかったので、出る物は無い。単純に胃液が上がってくるだけだ。いずれにせよ気持ちが悪い。


 まったく何もかも大げさなんだから、志成は・・・・・・もう。


「ちょっと、いい加減離れて!」

「あ、ご、ごめんなさい」

「とりあえず、思いは伝わったよ。ありがとう。御陰でなんだか元気出てきたよ」


 志成の行動を見て改めて思った。

 やっぱり、逃げていても何も解決はしない。

 突然のことで考えることを放棄していたが、どちらにせよ向き合わなければ前に進むことは一生無い。

 かつての志成がそうしたように、自分も立ち向かわなければいけない。

 

 裏切られたと思っていても、手を差し伸べてくれる人は必ずいる。

 決して独りじゃ無い。


 もう一度、歩き出さなきゃ。


「東京に戻るわ。・・・・・・今更旅行台無しにした奴がみんなに謝ってもって感じだろうけど」

「いいですよ別に。元々出会った時から今まで頼り切りだったから、少しでも恩返しが出来ればと思っただけですから。それよりまた貴女と共に過ごせる方が、僕にとっては嬉しいことです。貴女無しではもう何も考えられないので」

「それって告白?」

「ち、ち、違います!これは言葉の綾というもので・・・・・・」


 随分顔が赤くなってしまっているぞ志成。

 ウブなところがかわいいんだから、もう。

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