第42話 針のように

 豪華絢爛な夕食に舌鼓を打ち、三々五々に自室に戻っていく。


 調子に乗って飲み食い過ぎてしまって気持ちが悪い。

 さっさと歯を磨いて部屋でゆっくりしよう。


 部屋に帰る途中ではらちゃんに出会した。


「いや~素晴らしい、素晴らしかった」


 頬にご飯粒を付けたまま出歩くはらちゃんが満足げに語る。

 満腹テンプレを地で行くような格好である。これで口に爪楊枝を加えてお腹も出していたら満点だ。


「普段じゃまず食べられない代物ばかりだから、ここぞとばかりに掻き込んでしまった・・・・・・」

「とはいっても神とか志成社長に呼ばれて、ちょこちょこ美味しいもの食べてたんでしょ?うらやましい~」

「いやいや、そんなんじゃ」

「いいな~わたしも誘われたい~」


 ごまをするポーズをして私に擦り寄ってくる。

 

「ごめんごめん分かった分かった!今度そういう機会があったら一緒に行けるか聞いてみるから」

「やった~!ありがとう~」


 さっきまで重かった足取りは羽が生えたように軽くなり、スキップして自室に戻っていった。

 今日の夕食達と実際に相対して『こんな美味いモノを食っているのか!おのれ・・・・・・』と思われたんだろう。

 まあ私も正直最初は乗る気では無かったし、場の空気が違い過ぎてマトモに味も覚えていないけれど、傍から見ればそんな豪勢なレストランに呼ばれる事なんて無いし羨ましいに決まっている。


 もう少し私自身の身の振り方も考えないとな・・・・・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 自室に帰りお腹も落ち着いて来たところで、せっかくのお泊まりなんだから彼氏と一緒に居たいと思ってしまった。少しくらい思っていいでしょ?一緒に来てるんだし。


 スマホからジジイにチャットで連絡を送る。


『あいたいはやくこい』


 メッセージを送信したが、1分経っても2分経っても、10分経とうが既読にはならなかった。


 もう寝てしまったのだろうか?

 確かにジジイ結構酒飲んでたし、酔い潰れて寝てしまったのだろうか。


 部屋に帰らず、ホテルの廊下でぐっすり夢の中なんて普通にありそうだからな。

 ちょっと様子でも見に行くか。


 ジジイの部屋は私の階から3つ下にある。

 エレベーターから結構近い位置にあるから、迷わず辿り着けるはずであるが、ジジイの事だから道を忘れてしまっている可能性もある。


 まずはジジイの部屋の階に行ってみた。

 とりあえず廊下で寝そべっていることはなさそうだ。


 ジジイの部屋のドアをノックしたが、何も反応は無かった。

 もしかして寝ているのかと思い、聞き耳も立てて見たが、物音一つしなかった。

 ジジイは寝ていたらブルドーザー並のイビキを撒き散らすので、寝ていればすぐに音で分かるのだ。


 となると、夕食の会場の近くにあったロビーで寝ているのか?

 再びエレベーターに乗り宴会場の階へ向かう。


 宴会場のすぐ側にあるロビーには人が寝そべられる程の巨大なソファが何個も安置されている。

 金ピカ装飾に虎やライオンが刻まれているなんとも趣味の悪いデザインのものが並べられており、まるで反社会的な部屋に迷い込んできたような錯覚に陥る。


 ・・・・・・ここにも居ない。

 一体ジジイはどこで寝ているんだ?


 もしや外に出て暴れているのか?

 それは世間様にご迷惑を既におかけしてしまっているから謝り倒して、市中引き回しの上打首獄門である。


 温泉街も探し回ってみるが、既に店は閉まっており立ち寄れるような所は無い。

 フリースペースのような足湯コーナーなども見てみたが、せいぜい猿とか鳩が暖まっている光景しか見ることは出来なかった。


 ここまで来てジジイを見つけられない私は彼女失格なのだろうか。

 いや、ジジイがどこほっつき歩いてるか知らせないのがそもそも悪いのだ!

 ・・・・・・でももう酔い潰れているかも知れないし、そんな時に何か差し入れしてあげたり介抱してあげたりして配慮を見せて器の大きな女を見せるべきか?


 とにもかくにも、本人を探し出して今日をスッキリ終わらせたい。

 あと可能性があるとしたら、飲み友達の部屋か。


 直近で言えば人間観察サークルのメンバーとかうちの会社のメンバー、というか私と繋がりのある人とは一通り飲んでるなアイツ。


 飲み会の時に仲が良くなっていたといえば、はらちゃんかな。

 2人で何故か知らないけど蒲田行進曲歌ってたし、なんだかんだで気が合うのかもしれない。どこが合っているのかは正直良く分かって無いけど。


 もしかすると、はらちゃんの部屋で飲み直しているのかな?

 私を差し置いて女とサシ飲みとは・・・・・・良い度胸じゃないかジジイ・・・・・・


 はらちゃんの部屋は私の階の2つ上にある。

 今日のメンバーの中では一番高層に位置している。とはいっても全て岩肌ビューなので上だろうが下だろうが特に代わり映えしないが。

 

 エレベーターで駆け上り、はらちゃんの部屋をノックしようとする。

 しかし、その扉の前で耳にした言葉を聞いた途端、その手は針を突き刺されたように硬直した。


『ねえ~あたしのこと、すき~?』

 

 

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