第36話 けんかをやめて
「なんだ、元気そうじゃん」
さっきまでの心配が嘘のようだ。
とりあえず無事に生きていたようで良かったよ、神。
「まったくなんなのよ、人の家に上がり込んで騒ぎ立てて。品性の欠片も無いわね」
「あいにく金持ちの生まれじゃ無いからね。ザンネンでした」
売り言葉に買い言葉の応酬に、志成が止めに入る。
「まあまあ、2人とも。仲が良いのは分かりましたから、落ち着いてください」
「元はといえば、貴方の御爺様が私の父親に訳の分からない言いがかりを付けてきたのが事の始まりでしょうが!あんな話、受け入れられるワケがないでしょ!」
どうやら孝造じいさんの神父さんへ投げた要求が受け入れられないものだったらしく、それを拒否した結果様々な不利益を被り始めているという。
志成との許嫁も破棄され、会社のポストからはもちろん外され、完全に何もない状態になってしまったのだ。
プライドがエベレスト並に高い神のことだ。メンタルがそれでズタボロになって引きこもり始めてしまったのだろう。
そんなんで何もしないその時間がもったいなさ過ぎる。
私がいっちょ喝を入れてやるか。
「ほんと下らないよね。自分の人生なんだから、自分の足で歩けば良いじゃない。親の金だかコネだかで生かされていたんだからあんまり考えたこと無かったんだろうけど、アンタがしたいと思ったこと、素直にやれば良いじゃない!一度きりの人生なんだからさ」
神の胸ぐらを掴み、部屋に響き渡るほどの声で言い放った。
どんより曇っていた神の目に、生気が戻ってきた。
「アンタに説教されるなんて、焼きが回ったわね。・・・・・・ありがとう。その通りだわ。アンタもちょっとは役に立つじゃない」
「ちょっとじゃなくて、いつも、だけど」
なぜか2人で目を合わせて笑い合ってしまった。
「それで、これからどうするつもりなの?」
「とりあえず、この屋敷からは去るわ。もう親の都合で人生変えられるのはうんざりだもの」
「お金は・・・・・・心配無いか」
「アタシは今まで何社の経営を立て直して来たと思ってるの?きっかけはコネでもちゃんと実績は残しているんだから。アンタとじゃ格が違うのよ」
「はいはい。さすがです神様」
「分かればよろしい」
すっかり元の調子に戻った神は、父親の最高のもとへ歩を進めた。
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「おお、香奈!一生会ってくれないかと思ったよ」
「父上、お話があります」
父親の歓喜の声は、神香奈に遮られた。
「なんだ?」
「本日をもちまして、この家を出て行く事にいたしました。今までお世話になりました」
「おい、なんだ突然。別に良いだろ?ここに住んでいても何も文句は言わないぞ。新しい婿や仕事はすぐに見つけてやるから」
「それが、いやなのです。私の人生ですから、私自身で決めます。さようなら」
「おい!今までお前にいくらつぎ込んだと思っているんだ!少しは返済しろ!」
「そんなもの、頼んだ覚えは今まで一度たりともありません。教育資金を返済しろと仰るなら、本日で一括返済致しますのでご心配なく」
神香奈はそう言い残し、踵を返し父の元を去った。
「あそこまで啖呵切らなくても良かったんじゃないの?」
「いいのよ、あの父にはあれくらい言わないと」
部屋の片付けを私と志成、香奈で早速始めた。
父に刃向かう姿を側で見ていたが、普段からは想像出来ない程の品性溢れる言葉遣いに、衝撃が走った。
「普段からあれくらいで話してくれれば、苦労せずに済むんじゃないかな」
「何ですって?」
「いや、自覚が無いなら別にいいや。なんでもない」
「・・・・・・父上の前ではどうしてもああなってしまうのよ。とてもそういった所に厳しい方だから」
今の言葉で何となく察しがついた。
幼い事から相当厳しく躾けられて、何も親に対して言えない関係だったのだ。
仕事も結婚相手も、何も選択肢は与えられるず、親の命令に従うロボットと化していたのだ。
その反動で他の周囲の人間には怒鳴り散らして、どうにも出来ない鬱憤を発散させていたのだろう。
その鬱憤を発散させるターゲットになる奴にとっては良い迷惑だが。
なるほど、この家に『本当の居場所』が無かったんだな。
「それで、これからどこに住むの?」
「実はもう、アテはあるのよ」
「え?どこ?ホテルにでも暮らすの?」
「アンタのアパート、ちょうど隣が空き部屋だったわよね?」
「なんで知ってるの?ってか、まさか」
「アンタの隣の部屋を買い上げたわ。感謝しなさい。24時間アンタが悪さをしないように見張ってあげるわ」
「悪さしそうなのはそっちだろ!怒鳴り散らして近所迷惑になるんじゃないよ!」
「それはこっちのセリフよ!覚悟しなさい!無礼女!」
「ふざけんなよ家出ボンボン女!」
志成が止めに入ろうとしたが、その光景を眺めて満足げに微笑んでいた。
「2人が仲良くなったようで良かった」
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