第37話 温泉に行こう
住環境において隣人がどのような人間であるかは、とても重要である。
隣人が年がら年中騒ぎ立てるような輩であれば、その家は生き地獄と化すのである。
もちろん自助努力で解決出来る部分はあるが、それでもどうにもならない場合は様々な手段を使って対抗していくしか手立てはない。
今、まさに私は実力行使に出ようとしている。
「おい!朝から大声で音痴の歌聞かせるな!近所迷惑なんだよ!」
隣の家のドアを借金取りの如く激しく叩く。
すると途端に歌声は止み、勢い良くドアが開かれ、神が姿を現した。
「何よ!人が気持ち良く歌ってるんだから、ほっといて頂戴!」
「毎朝毎朝その怪音波の歌でこっちは寝不足なんだよ!朝の3時から歌い始めるとか・・・・・・おじいちゃんか!」
「これはもう毎朝の習慣なの。夜は早く寝て、朝早く起きて歌ってスッキリする。これをしないと一日が始まった気がしないのよ」
「別に歌っても歌わなくても勝手にお天道様は昇ってくるから!とりあえず黙って朝を迎えてくれ!頼むから!」
その言葉に、神は更に怒りをヒートアップさせた。
「アタシの生きるために必要な事なの!人間が呼吸をするのと同じで、朝歌わないと死んでしまうの!」
「マグロじゃないんだから、歌わなくても死なないでしょ。とにかく、うるさいから歌いたいなら防音室でも作ってその中で歌ってよ」
こんなやり取りを、神が引っ越してから毎日のように繰り返している。
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ある日、志成が私の家を訪ねてきた。
「どうも」
「どうしたんですか、いきなり」
「いや、その、香奈がどうしてるかなって気になって」
私から目線を逸らしながら、ボソッと呟く。
なんだかんだ言って長年許嫁の関係を続けて来たから、神のことが気になってるんだろうな。いきなり赤の他人って言われてもね。
「引っ越してから毎朝音痴の歌を熱唱されて近所中から卵や刺股で追い立てられてましたよ。今は防音室の中で大人しくしているみたいですけど」
「そうですか・・・・・・やはり迷惑を掛けていたみたいですね」
「いや、まあ、誰かしらに迷惑かけるだろうとは思ってたので、別に驚きは無いです。その御陰で毎日顔を合わせられましたし」
少し不安げだった志成の表情が、晴れやかになった。
「やっぱり相変わらず仲良しですね」
「喧嘩する程仲が良い、っていうんですかね。まあムカつくことばかりですけど、憎めないんですよね」
「今まであんな性格だったんで、自分以外とマトモに親友関係を作る事が出来てなかったんですよ。今の会社に入ってから、ようやく少しずつ人との関係を上手く築く事が出来るようになってきたんです。それも貴方の御陰ですよ」
確かに、入社初日にいきなり全社に向けて平服しろとか言ってたし、今まで生傷の耐えない生活を送り続けていたのだろう。
そして、令嬢であるという立場から誰も指摘しないどころか増長させる一方で、益々人との距離が開いていったのだろう。
そんなときに、私がズケズケと神を罵りまくり、ある意味世間に迎合するよう『調教』されていったのかもしれない。今でも偉そうな態度は時々出るが、昔よりだいぶ少なくなったかもしれない。
それはひとつ、神が大人になった証拠かもしれない。
「いやいや、神が上手く会社に馴染んでくれたらもっと面白いだろうなと、個人的に思っただけですよ」
「そう思ってくれた事だけでも嬉しいです」
満足げに志成は微笑む。
「それで、今日はどんな用事で来たんですか?神に挨拶しに来る位だったら会社でも出来ますし」
「それがその・・・・・・自分から感謝を込めて、温泉で慰労を、と思ってまして」
「お、温泉!!ってどうしたんですか?」
「動画配信のプロジェクトも軌道に乗りましたし、香奈の件もありましたので、ご友人やプロジェクトメンバーも誘って、私の祖父が所有している温泉街で疲れを癒やしてもらえればと」
す、すげー!温泉街まるごと孝造じいさん買い取ってるんか!
余っ程気に入ったのか、その温泉街。
「それはありがたいです!生まれてこの方温泉街に行った事が無かったので、こういう機会で行けるなんて僥倖です」
「喜んで頂けたようで良かったです。お誘いするメンバーはご自身で決めて頂いて構いません。全員費用は持ちますので」
やはり超弩級の金持ちはやることが違うな~。
移動費から宿泊費、旅行に関わる費用は志成の自費で全て賄うとのこと。
もう高級食材や一流旅館でおもてなしされまくって、今までの業を洗い流していきたい。
これで私の人生、少しは報われるのかな。
とりあえず、温泉旅行メンバーは、ジジイとはらちゃん、動画制作のメンバーと、ついでに人間観察サークルの面々を誘っておいた。
一体どんな珍道中が待っているのか、楽しみだな~!
待ってろ!高級料理!旅館!温泉!
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