第33話 カオスってなもんで
打ち合わせも早く終わったので、せっかくなので辺りを散策する事になった。
秋葉原に来たのが久々だったので、街の変わりようには驚いた。
電気街には家電量販店はほぼ残っておらず、昔の有名なビルは空きテナントとなってしまっている。
マニア向けの雑貨店やPCパーツショップは辛抱強く生き残っており、少し前からメイド喫茶や良く分からない怪しい店が増え始めている。
街全体の雰囲気が一般向けなのかマニア向けなのか、それともいかがわしい人向けなのか特に統一されていない。それは秋葉原の持つ『闇鍋』の特性によるものだろう。
普通の街ではあまり取り扱われないニッチな需要が、この街に集約されているのであろう。
昔、父に連れられて家族全員で秋葉原に赴いた事があった。
その時は秋葉原にあるパーツショップから様々なものを買い集め、機械やPCを組み上げて販売する商売をやっていた。
なぜか仲卸ではなく小売店で仕入れていたし、組み上げるのは私達きょうだいなのでハンドメイドで品質も残念なものだったので、他のものと比較して高価で粗雑な商品となり、たった半年でクレームだらけで売上もマトモに立たず廃業となった。
そんな苦い思い出が、この街には染みついている。
「ここのパーツ屋に毎週通ってたよね」
ジンイチが店の看板を見て、当時を思い起こす。
裏路地にある小さな機械パーツを売る店は、まだ営業を続けていた。
「毎週この店に通ってたから、店主の『おやっさん』から飴とか駄菓子とかサービスしてもらった思い出があるな」
久々に顔を出してみようかな。
そう思い立ち、店の中に入る。
店の中は相変わらず雑然としており、3段の棚にこれ見よがしに敷き詰められたプラスチックのボックス。その中に箱や包装にすら入っていない裸のパーツがギッシリと無造作に保管されている。
全くもって売る気が無い陳列は、昔と全く変わっていなかった。
「よお、随分顔出してなかったな」
店に人が入って来たのをすぐに察知して、奥から人が出て来た。
当時買いに来ていた頃からだいぶ老けてすっかりお爺さんの風貌にはなっていたが、あの『おやっさん』だった。
「お久し振りです」
「だいぶ大きくなっちまったな・・・・・・立派になったみてぇで」
「いやいや、そんな立派じゃ無いですよ」
「オイラよりかは、余っ程立派だ!胸張れ!」
私とジンイチの背中をバンバン叩いてくる。
その叩いてくる手は、昔と違ってしわくちゃで、力も少し弱まっていた。
「それで、今日は何の用だい?またなにか商売やるのか?」
「いや、もう商売は・・・・・・偶然この辺を通りかかったので、ついここに寄りたくなって」
「そうかい。覚えててくれてありがとう。今日まで続けて来た甲斐があったってモンだ」
「こちらこそ、あれ以降顔を見せずに・・・・・・」
「良いよそんなこと、気にするな。むしろ今日来てくれた事がとても嬉しいんだ」
「どうしてです?」
「実は、この店、今日で閉店なんだ」
表に張り紙すら無かったが、店の様子が全く商売の気が無かったのは、そういうことだったのだろう。
「え!そうなんですか?」
「もうこの辺でパーツはほとんど売れなくなっちまった。今やネット通販でクリック一つですぐ届いちまうからな。しかも、よその国から簡単に」
「おやっさん、結構お客さん多かったんじゃなかっけ?当時凄い数お客さん来てたじゃん」
「この辺も電気街って名乗ってはいるが、もうそれも形だけしか殆ど残ってない。いつの間にかビジネスマンといかがわしい店の街になっちまったからな。時代の流れって奴よ。オイラはそれに乗り遅れた、ただのバカタレってワケ」
「そんな・・・・・・おやっさんのパーツの目利き、子供だったけど凄いって思ってたんだから!オススメしてくれた奴は不具合起こさないどころか、期待以上の働きでさ」
「そりゃ良かった。でも『パーツ』じゃ上流の会社に値段を叩かれて、利益も無い。ましてやこういった小売なんか、他のデカいところがとんでもない価格で売られた日にゃ、もうお手上げよ」
おやっさんがこんなに弱気になっているのを始めてみた。
あの頃は、嬉しそうにパーツの細かい所とか優れた所とかを長々と語っていた。
今や、現状に対する愚痴を吐いてばかりで、前に進もうとしていない。
このままでは、おやっさんの目利きや技術が世の中に埋もれたままになってしまう。
おやっさんへ私が恩を返す時が来た。
「もうモノは売れないのはしょうがないですけど、おやっさんはその目利きと腕があるから、うちの会社でそれを生かしてみませんか?」
おやっさんは目を丸くした。
「なんだい?お嬢ちゃんも機械パーツの販売でもやっているのかい?」
「いえ、今優れた人や技術を発信する動画を作っておりまして、それにおやっさんの一押しのものとか紹介したり、色々情報を発信して、世の中におやっさんみたいな愛好家を増やしたら、機械産業とかそういった所を活性化させられるんじゃないかなって思っているんですが・・・・・・どうですか?」
私からの提案におやっさんは笑顔を見せた。
「姉ちゃん・・・・・・本当に立派になったな。オイラとは大違いだ。いいよ、姉ちゃんの提案に乗っかるわ。どうせもう残り少ない人生だ。誰かの役に立てれば本望だ」
おやっさんから、私の手を握ってきた。
「ありがとう。感謝するよ・・・・・・」
おやっさんの目からは、涙がこぼれ落ちていた。
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