第30話 スローに踊るだけ

 壇上に志成が昇る。

 ジジイはそれに目もくれず、飯に食らい続ける。


「今日はいきなりパーティーを開いたにもかかわらず、社員全員に集まってもらってありがとうございます」

「いいよ!タダ飯食えるなら何度でもやっても」


 社員でもないジジイが勝手にヤジを飛ばす。

 酒も入っているとはいえ、公衆の面前で恥を晒すのはやめてくれ・・・・・・

 あとでお説教だな。


「そう言って頂けるならありがたいです。まあ皆さんを労うのも目的の一つですが、今日はもう一つお話することがあって、このパーティーを開催することにしました」


 ん?なんだ?いきなりそんなもったいぶって。

 もしかして、私の動画に何かあったとか?


「実は今日財閥で緊急のグループ会合がありまして、新しいグループの長を一番優秀な会社から選ぶということになりまして」


 特に志成の発言で会場がざわつくことは無かった。


『別にお上がどうしようと俺らには関係ないからな』

『勝手に争ってくれよ。アタシは面白い事会社出来ればそれで良いし』


 正直私もあまり実感が無い。

 出会いがあまりにも刺激的過ぎた志成が社長をやっているから尚更だ。

 今までしがない三流ベンチャー企業が商品で一発当てて、財閥に目を付けて貰ってそこから派遣された雇われ社長、更にはその社長は財閥の御曹司。

 

 住む世界が違いすぎるんだ。私達と志成とは。

 全くもって別の世界で起こっていることとして捉えて、決して自分事には思えない。

 上は上で勝手に争っていろ、こっちも勝手にやるから邪魔しないでくれ。

 心の底ではそういう風にみんな思っているんだろう。


「これは表立って言われていないんですけど、あと半年の売上成績でこの会社自体をどうするかも決まって来ると思います。他のグループ会社で再編話もあがっているようですし、今回の成績次第で会社自体が潰される可能性もあります」


 賑やかだった会場が静まりかえった。


「今この会社の経営状況は正直厳しいです。アロマジックの売上でなんとか持っているものの他に柱を作らない限り、あと半年は赤字になると思います。グループから離脱しようにも、おそらくアロマジックの権利を吸い取られて捨てられるだけです。今後この会社を継続させたいのであれば、もっと面白くて社会に役立つものを作らなくてはいけないです。動画制作についてもその一貫です。面白いものを思いついたら、すぐに提出して欲しいです。この会社のポテンシャルは、柔軟な発想力とユーモアであると確信しています。私はそれを下支えして世の中に届ける役割を担ってこの会社に来たつもりです。是非、この楽園を存続するために、皆さんの力を貸してください!お願い致します」


 静まりかえっていた会場にまばらな拍手が起き、徐々にその波が波及しいつの間にか全体を振るわすほどの大きさとなった。


「ありがとうございます。みんな、一緒に頑張りましょう!乾杯!」

『『乾杯!!!』』


 なんか、初めて立派な社長の姿を見た気がした。

 今までもところどころカッコいい部分はあったけど、今日のスピーチは志成の社長として会社を引っ張っていく覚悟が見えた気がする。

 やれば出来る奴なんだよね、志成は。


「オホホ!!やはり社長はこうなくては締まりがないですわね」


 我が物顔で神が私に近づいてきた。


「志成社長、凄い気合いが入ってたね」

「当然よ。おじいさまから事実上の放逐宣言をされたんですもの。自分の力が試される時がようやく来たんだって、本人が一番楽しがっているんではなくて?」

「あんまり真剣になるイメージが無かったから、今日のスピーチは意外だったな」

「あら、そうですの?志成はいつも真面目ですわよ」


 神は少しはにかみ、私を見つめる。

 なんだよ、アンタの知らない志成を知っているのよどうだ凄いだろ、みたいな顔しやがって・・・・・・!


「最初の出会い方が特殊過ぎたから、そのイメージの方が強いからね」

「あれはその・・・・・・アタシも悪かったのよ」

「どうしたの?なんかまた罵って志成を追い詰めたの?」


 神は押し黙ってしまった。

 まあ、性格からして余計な事を直前に言ってしまったのだろう。


「後悔してる?」

「後悔は、少し」

「へ~神にしては珍しい。言い過ぎたって思ってるなんて」

「うるさい!おだまり!」


 持っていた扇で軽くはたかれた。

 なんだよそのギロチンで処刑されるような貴族しか持ってなさそうなド派手なピンク色の羽根つき扇は。


「みんなで志成社長を支えてあげないと。もちろん、神が一番側に居るんだから、しっかりして、ね!」


 神の背中を思いっきりはたく。扇のお返しだ!


「実は、それが・・・・・・」


 何か神が言いかけた所に、はらちゃん達が会話に割り込んできた。


「いや~まじ半端ないっす。最高の料理、最高の会場。さすが財閥の御曹司~」

「なに浮かれてんのよ。あと半年でもしかしたら一文無しになるかもしれないのよ」

「まーそんときはそんときだよ。みんなが居れば、この会社はなんとかなるよ。会社は商品じゃなくて人で決まる!先代の社長の口癖、覚えてるでしょ?」


 確かに、これだけ面白い人が揃った会社は他には無いだろう。

 何があったとしても、それを笑ってはねのける愉快な仲間達が、それを何とかしてしまうのだろう。

 いまはまだ、なんとかなりそうな気配が無いが、きっと明日から本気を出すのだろう。


 とりあえず、ジジイは会場から追い出して、2人で飲み直そうかな。

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