第29話 楽しい生活
「ちょっと!ドタキャンってどういうことですか?」
「ごめんなさい、突然上から呼び出されまして」
あの高井孝造から、突然の財閥メンバーの招集が行われたという。
「なにかあったんですか?」
「それが・・・・・・その、次の後継者を今の系列会社の社長の中から選ぶ、とのことで」
「え?志成がそのまま継ぐんじゃなかったの?」
志成はそのまま二の句が継げず、押し黙ってしまった。
「実力のある者が、このグループの後釜を担うべきだ、ということだそうです」
「やっぱり、あの脱走事件が尾を引いてるんじゃ・・・・・・」
「そうですよね、やっぱり」
自分の後継者として半ば軟禁状態にして、英才教育を施していたのに、自分の意に沿わないとなったら代わりの人間を探すというという考えに至ったのだろうか。
自分の息子を何だと思っているのだろうか。ロボットか何かだと思ってるんだろうか?
「それで、あなたはどうしたいんですか?このまま他の人に孝造さんの後を継いで貰うってことで、納得しているんですか?」
「どちらかと言うと、継がなくちゃいけないという義務感の方が勝っている気がするんですよね。小さいころから跡継ぎだ、跡継ぎだって、周りの人からも事ある毎に言われて、自分もそうならなきゃって思っていた節があったんです。自発になろうっていうより、なるしか無いみたいな感じです。だから一度家を飛び出してしまいました。自分にとって何が正解なのか、今も分かっていないです」
いつものしなやかな声が出ていない。
きっと周りの期待に応えようとして、自分をがんじがらめにして身動きが取れなくなっているんだろうな。
自分のしたいこともまだ見つかっていないのだろう。そんな状態で飛び出したとしても、辛い世間の波に飲まれてしまうだけた。
迷っている間は、見えている道を歩んでその中で見つけて行けば良い。
昔、親父が酒に酔うと良く言っていた小言だけど、ここで役に立つかもしれない。
「なら、まずは孝造じいさんを追い越して、それから自分の好きなことをする、というのでも良いんじゃないですか?」
私が志成の手を取り、強く手を握る。
まるで死んだ魚の目をしていた志成の瞳に光が戻ったような気がした。
「そうですよね。今までの努力を無駄にしないためにも、なにより託されたこの会社をより良いものにして、自分のしたいことも見つけて、叶えていきます!」
自分探しの旅にだけは、二度と独りで行かないでくれよ・・・・・・
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自分が出るはずだった動画の進捗状況が気になるということで、完パケしたばかりの第1回目のものを再生した。
神がいつも通り暴れ、私がなだめたり無視して話が進行し、社員がワイワイ楽しそうに自分の仕事を語り出す。
「良い感じじゃないですか」
「ありがとうございます。というか、直前で社長が来られなくなって急遽神を据えた構成に急いで直したんですからね」
「ご、ごめんなさい」
神は自分の非を認めながらも、動画に関して細かい修正点を何個か言い渡しその場を去っていった。
「これで会社の知名度とか商品の魅力とかが急上昇すると思います。良い仕事してくれてありがとうございます」
「こちらこそ。まずは社長に喜んでもらえて良かったです」
心なしか、志成の顔が赤くなっているようにも見えた。
まさか、褒められるの慣れてないのか?
「これなら、自分が出なくても大丈夫そうですね。進行、ちゃんと務まってますし」
「いやいや、これが初めてなんで全然出来てないですよ」
「これが初めてですか?凄いですね。あまり自分を卑下し過ぎるのも考えものですよ」
褒め返された。
耳が血液が沸騰するレベルで熱くなってる。
「じ、次回は社長に絶対出てもらいますからね!孝造じいさんに文句言っておきます」
「文句言ったら、前回の連れ去りどころでは無い目に遭うかもしれないので、やめてくださいね」
今度は命を取られるのか・・・・・・
文句言っただけど殺されるとか、もはや反社勢力だろ!
「分かりました。肝に銘じておきます」
志成は微笑みを残してその場を去っていった。
動画は志成の指摘部分と、私が気づいた部分の追加修正を経て、その日のうちに公開された。
滑り出しはまずまずといったところ。企業動画にしてはかなり再生数が稼げている方だと犯澤さんは言っていた。
まずは無事に公開までこぎ着けられた事を祝おう。
「かんぱ~い!」
というわけで、社長貸し切りでパーティー会場での飲み会が挙行された。
近くのホテルの1会場を予め抑えていたという。
やっぱりやることのスケールが違うんだよな、御曹司は。
「いや~久しぶりに良い物が食える~ありがとう志成社長!」
タダ飯が食えるといって、社員でも無いのにジジイがそのまま私に付いてきた。
『私の恋人』という肩書きを利用してパーティーに潜り込んでくるとは。
まあ、動画制作も手伝ってくれたし、ご褒美が無きゃ割に合わないしね。
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