第21話 すっとんでんだよ

 祭りの雰囲気に流されたのか。

 自分でも思いきったことをしたなと。


 きっと自分でも今までのことで、思うところがあったのだろう。

 まずは自分の気持ちに正直になって、向き合ってみようと思う。


 今日は出勤の日だ。

 あんなことがあってから次の日に仕事を入れるんじゃなかった・・・・・・


 眠たい目を擦りながら、朝ご飯の準備を始める。

 確か食パンが1、2枚ほど残っていたはずだ。


 トースターに食パンを突っ込み、その間に夜の間に雑草と化した髪を整える。

 そんなときに、スマホにメッセージアプリから通知が入る。

 なんだよ、こんな朝っぱらに。


 『おはよう(*^_^*)』


 なんだこの顔文字は?

 今時こんなのオッサンしか使わないぞ!

 まあジジイだから仕方無いか。よく背伸びして頑張ってくれた。

 顔文字を使っただけでも褒めてあげたい。


 『おはよう彼氏 朝早く起きて探せよまともな職』


 やはりジジイに対して『彼氏』という言葉を使うのに慣れていない。

 その文字を打つだけで顔が熱くなる。

 うわー、はずかしー。やっぱり送るの止めようかな。


 送信ボタンを親指で押したと同時に、トースターが鳴り食パンが元気よく飛び出してきた。


 私も食パンも熱々ってか。やかましいわ。


 ジジイから数秒で返信が来た。


『結婚しよう』

『職に就け 話はそれからだ』

『分かった 頑張る』


 親の仕送りで生活していたジジイは、ようやくこの年になって就職を考え始めることとなった。

 ジジイが出来る仕事ってなんだろう。

 レコード屋とか昭和歌謡喫茶とかかな?

 時間があったら、ジジイの仕事先探してみようっと。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 会社に出社するやいなや、はらちゃんが急接近してきた。


「あらあら、何か良いことあったでしょ?顔に出てるよ」

 

 私ってそんなに顔に出るタイプだったっけ?

 ニヤニヤしながら会社まで来ていたのか?超不審者じゃん私・・・・・・


「え、な、そんなことは」

「いやいやいや、これは何かあったね。幸せそうだもん。雰囲気的に」


 はらちゃんの鼻息が顔面に当たる。

 やめろ!尋問しないでくれ。


「な、な、何が言いたい?」

「これは彼氏持ちの臭いだね。この甘ったるい緩みきった頬を見れば一発で分かるよ」


 一瞬でバレた。

 もしかしたらカマかけているだけかも知れないが、もはやここまで言われたら言い逃れできない。

 ここで否定したとしても、しつこくこれから先聞かれ続けるだけだろう。


「何故分かった?」

「やっぱり!いつも不幸そうな顔で出社してきてるのに、今日に限ってはめちゃくちゃホッコリした顔してたから、なんかあったなと思ったよ」

「私ってそんなにいつも不幸せそうにしてた?」

「そうよ!いつも出社したときはこの世の終わりみたいな顔じゃない」


 うそ?!そんな顔してたの私。

 どんだけ仕事嫌いなんだよ・・・・・・


「そんなだったんだ。うわーみんなに不幸もたらしてたのかな」

「朝にその張り詰めた顔を見て『よし、自分も頑張らなきゃ』って会社のみんなは思うんだよ。みんな緩みきった顔してるからさ」


 私だけそんなに仕事に対して殺伐とした心持ちでやっている証左なのかもしれない。

 みんな、もっと真面目に仕事してくれ・・・・・・!


 そんなはらちゃんの騒ぎを聞きつけて、志成が私達に近づいてきた。


「朝からなんだか楽しそうですね」

「ああ、社長!聞いてくださいよ、この人、彼氏持ちになったんですよ」

「へ、へえ、そうなんですか。おめでとうございます」


 志成は私の交際の話に少し戸惑っているように思えた。


「それで、お相手は?」

「ジジイです」

「あーこの間の飲み会でお会いしたあの方ですね。自分が街を彷徨っていた際も家に泊めていただいたりと、お世話になりましたね。貴女に相応しいお相手だと思います。おめでとうございます」

「いや、別に付き合いだしただけなんで。特に何もないですけど」


 まるで結婚するかのような口振りですけど、別に付き合い始めたばかりで何もないですからねっ!

 私自身、気持ちがまだブレブレのままで、なし崩し的に始まった感じなので、どうもペースというか、距離感の取り方がまだ分からないのだ。

 とはいえ、結婚というのも一つの帰結点として視野に入ってくるのか。


 既に志成は許嫁を家によって決められているので、その辺がすっ飛んでいて、結婚に至るまでの世間的な道程があまり実感が湧かないのだろう。

 結婚なんて、所詮家が決める事で、特に恋愛という感情はそこに介在はしない。

 そんな醒めた見方をしているに違いない。


「というわけで、そんな幸せいっぱいな貴女に、新プロジェクトのお願いです」


 何というわけでそんな話してんだよ!

 というか、新プロジェクト・・・・・・?寝耳に水なんですけど。


「え?アロマジックがありますよ。新プロジェクトなんてとても・・・・・・」

「大丈夫!アロマジックははらちゃんがそのまま引き継いで今後も続けます」


 脇に居るはらちゃんが笑顔で『よろしく!』と声を掛けてきた。

 既に神と戯れている間に、裏で志成と決まっていた事なのだろう。


「そうなんですね。分かりました。志成社長の仰せのままに」

「そんな間柄じゃないでしょう。確かにアロマジックやりたいのは分かるけど、貴女はさらにもっと大きな製品やソリューションを生み出せる可能性を秘めている。神も認めてるんだから、自信を持ってください」


 神に認められるということに、志成はかなり信頼を置いているんだな。

 それだけモノを見る目が厳しいということなのかもしれない。


「自信は正直無いですけど、信頼には応えたいです。よろしくお願いします」


 さらばアロマジック。はらちゃんのもとでスクスク育ってね。





 






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