第19話 分かってほしい
ひょっとして私、ギャル子に乗せられた・・・・・・?
そんな気もしなくはないが、とにもかくにもジジイが気になる。
今日の祭りに参加してから、どうも様子がおかしい。
あんなにお祭りを楽しむような奴だったっけ?
私は今、ジジイを追いかけてトイレの前に立っている。
トイレの近くのベンチでは、カップル達が好き好きにイチャコラしている。
これが祭りの風物詩というやつか。
ジジイはトイレに引きこもってしまったのだろうか。
確かに金魚の獲り方を教えた事でプライドが傷ついてしまったかも知れない。
あれは、そもそもポイの扱い方がなっていなかったのが原因だ。
元からポイが破れやすいものを使っているのも一因だが。
まずはご機嫌を直してもらって、早くあの二人を長老の元へ届けなければ。
「ジジイ!いつまで引きこもってるんだよ!早く出てこいよ」
大声で叫んでいるところをベンチに座っているカップル達に白い目で見られてしまった。
全身から火が出るレベルで恥をかいた。
いつまで私に恥をかかせるつもりなんだ。
最早我慢できず、男子トイレに駆け込み、閉じている個室を片っ端からノックしてあぶり出す作戦に出た。
「早く出てこい!」
次々と個室からズボンを穿ききれていない男性達が飛び出してきた。
中には女性を連れ添っているいかがわしい者も居たが、それについてはノーコメントとしておく。
最後の個室をノックしようとした、その時。
ジジイが中から飛び出してきた。ちゃんとズボンは穿いていた。
しかしながら、ジジイの目は真っ赤になっていた。
「どうしたんだよジジイ。めそめそして」
「・・・・・・ほっといてくれよ。というか、何男子トイレ入ってきてるんだよ」
「ジジイがいつまで経っても出てこなかったからだぞ。ジジイのせいだ。私は悪くない」
少しの沈黙の後、ジジイが言葉を口にした。
「とりあえず、トイレから出よう。話はそれからだ」
トイレを出て、
長老を待たせている公園である。
何故か祭りが近くで行われているというのに、人があまり居ない。
それもそのはず、この公園から低いうなり声が延々と聞こえて来るからである。
一体誰が発している声なのか、だいたい察しは付くが。
「それで、なんで突然逃げ出したの?」
「金魚獲れなくて、情けなくなって」
「そんなんで逃げ出すようなタマじゃないでしょ?本当は?」
ジジイは少し沈黙した後、天を仰いだ。
そして、言葉を一つ一つ選ぶように話し出した。
「恥ずかしかったんだよ。後ろから抱きしめられて」
「だ・・・・・・抱きしめ?いやいやいや、あれは抱きしめてないから!金魚の捕り方教えてただけだから!ジジイは抱きしめられたって思ってたんだ~スケベ~」
「最初は自分もどうかしているのかと思ったよ。けど、やっぱり恥ずかしいっていうのと、なんだか嬉しいって気持ちもあって・・・・・・なかなか言葉に出来ないけど」
「そんなに私のこと好きなの?」
冗談交じりに私からカマをかけてみた。
ジジイは二の句が継げない状態になってしまった。
「なに黙ってんの?もしかして本当に好き?そうなの?」
「分からない。生まれて始めてなんだよ。こういう気持ちになったの。この気持ちが世間で言う『好き』なのか、ハッキリとそうなのかは言えない」
「じゃあ、私のことはどう思ってるの?」
私自身もこの関係が正しいのかは分からない。
『友達』であるという認識だが、ジジイからすれば、それが不適切であると思っているかも知れない。
どうも私の中でも、ジジイとの距離の取り方が分からなくなりつつある。
突然幼なじみの大人を見てドキッとするような、あの感覚に近い。
ここで『好き』と言ってしまえば、ジジイとは『友達』では無くなってしまう。
ジジイと学生時代は、休みの日になればレコードショップに通っては歌謡曲のレコードを買い漁り、昭和レトロな香りのする喫茶店に入り浸り、ひたすら昔のドラマや映画の話を延々と聞かされた。
別に話を聞くこと自体、そこまで苦ではなかった。
むしろ、私の知らない世界を知ることが出来て、それはそれで楽しかった。
ある時はいつものサークルメンバーでたむろして、歩道橋などから人間をひたすら眺めて批評して、無駄に時間を浪費していた。
何のタメにもならない。人生の糧にすらならない。
そんな日々を、二人で過ごして来た。
『友達』としての日々を。
これからも楽しいこと、下らない笑えることをたくさん二人で経験したい。
それが『恋』とか『愛』とかいう言葉で形容されるのであれば、それはまだ私達には早い。
多くの時間を過ごしてきたが、ただ居ただけで互いを信じ切ることがまだ出来ていない。
信じ切れていれば、すぐにでもそういった関係が築けるはずだ。
だが、今までそういったことは一切無かった。
少なくとも、私はジジイのことを信じ切ることが今の段階では出来ない。
今回を機に、意識する事に変わりは無いが。
故に『告白』というカップルを成立させる儀式は、ここに成立しないのだ。
「それは・・・・・・今でも友達、だと思っている」
「奇遇ね。私もそうよ」
長い時を過ごした重みは、思いとして言葉に乗る。
絶妙な距離感を維持したい二人の思いは、ここに結実した。
それがお互いに良いのかは、分からないが。
「これが、友達以上恋人未満というものか・・・・・・素晴らしい」
草場の影からうなり声を上げていた長老が顔を出し、私達に何故か拍手を送った。
「「やかましいわ!!!」」
二人の息がピッタリ合ったツッコミであった。
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