第16話 どう見てもクズ

 突然、私のスマホに連絡が入った。

 今日はいつも通り休日の楽しみである喫茶店に行こうとしていた矢先だ。


「今日、いつもの場所で人間観察します」


 大学の人間観察サークルの先輩からチャットで連絡が来た。

 こういった誘いは、社会人になってから初めてだ。


 ジジイに聞いてみたところ、やはり連絡が同じように来たとのことだ。

 一体何の目的があって、我々元サークルメンバーを集結させるつもりなのだろうか。

 何を今更、という感じはするが、きっとあの先輩のことだ。くだらない理由でのことだろう。


 先輩に『行けたら行きます』と返信すると、『10:00公園で待つ』とだけ先輩からメッセージが返ってきた。


 休日がなんだかまた騒がしくなりそうだ。



 ーーーーー



 遂に招集された日時を迎えた。

 私はソワソワしながら指定された公園に着き、ベンチに腰掛けメンバーの到着を待った。


 人間観察に勤しんだ同胞達が、またここに集結するのか。

 卒業して以来、ジジイ以外のメンバーには一度も会っていない。

 そもそも社会活動をしている奴が私以外に居るのだろうか?


 ジジイも定刻から少し遅れて公園に着いた。


「あれ?みんなは?」

「誰1人として来てない。相変わらずね」


 以前から集合時刻を定めたとしても、それ通りに全員集合したためしがない。

 ヒドいときには午前中集合と言っているにもかかわらず、来たのが既に夕日が沈んだ頃なんて奴も居た。ジジイのことだが。


「今日はどんな人間を観察するんだろうな」


 久々の観察にジジイは心が躍っているようだ。


「道端の人間を観察するよりも、サークルメンバーの観察をしていた方がよっぽど面白いかもね」

「・・・・・確かに」


 ジジイ、お前が言うな。


 そうこうしていると、ようやくサークルリーダーが姿を現した。

 何故か黒のシルクハットを被り、丸眼鏡に胸辺りまで伸びた黒髪、長老のように縮れて盛り上がった髭を蓄えている。『LOVE STORM』と怪獣が大きくプリントされた白地のTシャツに、紺の七分丈のズボン、そして大学時代から履き古しているボロボロのビニールサンダル。

 何一つ変わっていない姿で、そこに現れた。


「すまない。遅れた」

「いつものことじゃ無いですか。お久しぶりです、長老」


 気さくにはにかむ長老に、私は思わず笑みをこぼした。


「どうも長老。久方振りです」

「おお、そうか、そんなに経つのか。そういえばそうだな。うん」



 ジジイのことはあまり覚えてないのか?

 そもそも人の名前を覚える気があるかどうか怪しいところだが。

 そもそも長老は時間の感覚が狂っているのだろう。日の光を浴びて生活出来ているのだろうか。

 まあ、この長老には時間という概念はあまり存在しない。

 『時間はあくまで点であって、面で生きる人間には関係の無いことだ。あくまで集合時間は時間的概念に点を打っただけであって、面を動く人間はその点を目指して動き、目的を果たせば良いのだ』という回りくどい意味不明な遅刻の言い訳を毎回聞かされていた。

 今は言い訳しなくなっただけ大人になったと言えるのだろう。


「長老は普段何しているんですか?」

「霞とカラスと戯れて生きてる。凄い透明に見えるんだよ。朝方だと」


 働いていない、ということでいいのか?

 それよりも言っていることがヤク中と変わらなくて震える。

 

「朝は散歩して、昼は何してるんですか?」

「昼はコンビニでバイトをしている。あそこは人間観察には適している最高の働く場所だ」


 よ、よかった・・・・・・定職についているようだ。

 霞とかカラスとかヤクとか危ない道に走っていないで、キチンと社会生活を営めているようで、一安心だ。

 おい、何一人で勝手に安心してるんだよ!

 見た目や言動がヤバいからって、そうとは限らないだろ?

 

「コンビニはいい人間観察スポットですよね」

「ああ、ひっきりなしに観察対象が現れる。そしてときたま人間がスパークして境界線を破ってくるんだ」


 多分コンビニに来るクレーマーの話をしようとしているんだろう。

 いちいち回りくどい言い方するんだよな、長老。


「スパークすると、どうなるんですか?」

「花火の様に一面が輝くんだ。これを生命の輝きと言わずして何という」


 すげーメンタルだな。クレーマーを生命の輝きと言い切れるその豪胆さたるや。

 普通の人ならその場を丸く収めるための方便を考えたり、一発正義の鉄槌を下すか迷い始めるところだ。


「その後はどうなるんですか、その人」

「燃え尽きた灰だけがその場に残される。残滓が空間に漂い、この世の憂いを見せつけてくれる。まるで儚い桜の花の様だ」


 表現が詩人過ぎて相変わらず何を言っているかよく分からないが、きっとクレーマーの熱量は凄くて芸術的だ、という事が言いたいのだろう。

 

 とはいえ、なんだかんだで長老が社会に適合出来ている事が、当時の様子から考えると奇跡の様なものだ。

 昔は人とすれ違う度に、その人の悪口をボソッと言い放ってその場を去るみたいなことをやっていた。


 そんな人が、今やコンビニでアルバイトをしている。

 本人の証言と現場の様子が一致しているかどうかは怪しいところだが、聞いている限りは頭の中の妄想に留めて、なんとか乗り切っているようだ。


 やっぱり人は成長出来るもんなんだな。


「それで、他のメンバーはいつになったら来るの?」

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