第15話 臭い物にアロマジック
何とも言えない空気が場を覆い尽くしたまま、神主催の昼食会は幕を閉じた。
二人の何となく太くて細い絆を垣間見た気がした。
会社に戻る車中、神から志成との思い出話を色々と聞かされた。
もっぱら神が色々と働きかけて、志成がイヤイヤながら付き合わされて最終的に上手くいくという話であった。
一体私は何を聞かされているのだろうか。
志成はあまり楽しい思い出となっていなさそうな話を聞かされて、何が面白いのだろう。
私の方が志成と付き合いが長いから、余計なちょっかいは出すな、ということだろうか。
私をやたら持ち上げて褒め称えたのも、穏便に事を済ますためか?
・・・・・・ダメだ。悪い方向に考え過ぎだ。
大した話じゃないのに、なんでこんな事を考えてしまうんだろう。
やっぱり神が話していることについては、穿った解釈をしてしまうのか。
一体私はどうしてしまったのだ?
ーーーーー
ようやく会社に戻ってきたが、人の姿が全く無かった。
オフィスに入ると、鼻をつんざくような刺激臭が辺り一帯に漂っている。
なんだこの臭いは?息が思うように出来ない。
一歩動く毎に、臭いで嗚咽してしまう。
後ろを振り返れば、近くにいたはずの神は既に居ない。
まさか、私、ハメられた・・・・・・?
臭いは何処から発生しているのだろうか。
部屋の奥の方に近づけば近づく程、臭いが強烈になっている。
恐らくオフィス最奥にある『研究室』が発生源であろう。
今日は特にアロマジックの実験をするとかは聞いていなかったが。
急遽何かを思いついて、研究員が臭いを合成してこんな事故を起こしたのか。
とはいえ、この強烈な臭いはどこかで嗅いだ記憶がある。
濡れた犬の臭い、三日履き続けた靴下の臭い、おじさんの口の臭い・・・・・・
あ、あれだ!この間私に近づいてとてつもない悪臭を撒き散らした、アイツの口の臭いだ!
なんでこんなに部屋に漂うレベルまで拡散されているのだろうか。
何が楽しくてこの世の地獄のような悪臭を部屋中に放っているんだ。
そんなにあの臭いを会社中に嗅がせたかったのか?とんだヘンタイ野郎だな!
『研究室』の扉を開け、中に入る。
そこには両腕を縄で縛られた悪臭男と、白衣とガスマスクを着用した研究員が居た。
研究員は悪臭男の口にホースを入れ、機械に吸い取らせている。
「ちょっと、一体何してるの?部屋中クサくなってみんな部屋から逃げてるわよ」
「いやーこれが大変なんですよ。この悪臭の拡散が止まらないみたいで」
研究員の話によると、私が神と昼食に出掛けた後、オフィスに今のような悪臭が漂い始め、臭いの元を辿った結果、この男に辿り着いたため、『研究室』に強制隔離し、臭いを吸い出し続けていたという。
なんとかアロマジックで中和を試みたものの、力及ばず。
そもそもアロマジックは脱臭では無く、臭いに臭いを被せるような仕組みとなっている。
故に強烈な臭いに対しては、より強烈な臭いをということになるのだが、強烈な臭いに強烈な臭いをぶつけたところで、強烈な臭いがより増長されて倍返しを喰らうだけだ。
残る可能性は、アロマジックに脱臭機能を実装させることだが、今からそれが間に合う可能性はほぼ無いといっていい。
どうする?このまま行けばこの部屋どころか、オフィスビル全体にこの悪臭が行き渡る事になる。
あの口臭に悶え苦しむ人が、指数関数的に増えてしまう。
トイレにある臭い消しゼリーを悪臭男の口に入れてみるか・・・・・・?
そう思い立ち、トイレへ私が向かおうとした、その時。
オフィスの入り口に大量の人影が現れた。
「大丈夫?助けを呼んで来たわよ!」
神は逃げ去ったのではなく、助けを呼んでくれていたのであった。
「あ、ありがとう・・・・・・神・・・・・・様・・・・・・」
気を張ってなんとか繋いでいた緊張の糸は、神の出現と共にプッツリと切れてしまい、その場で意識を失ってしまった。
ーーーーー
気づいた時には、病院のベッドで横たわっていた。
備え付けの時計を見ると、既に終業時間を過ぎていた。
「うわ・・・・・・何時間寝てたんだ私」
まだ仕事が山のように溜まっているのに、半日も休んでしまった。
打ち合わせも何件かすっ飛ばしてしまった。取引先に詫びの電話入れなきゃ。
「あら、ようやく起きたのかしら?」
「良かった・・・・・・無事だったみたい」
神と志成が病室で待機していたようだ。
「二人とも、仕事は大丈夫なの?」
「まあ、なんとかね。あの後オフィスの悪臭をどうにかするのに時間が掛かったけどね」
志成から私が気絶した後の話を聞いた。
神はすぐさま事の大きさに気づき、志成にお願いして消臭専門のスペシャリストを呼び寄せ、臭いの元や部屋の悪臭をあっという間に無くしてしまったのだという。
「業者も、あれ程の口臭になるまで何もして来なかった男に一番驚いていたよ」
ごもっともである。
あの日でさえ悶絶するほど臭かったのに、なぜあそこまで育ててしまったのだろうか。
歯磨きをする習慣が無いのかな?
「と、いうわけで。アロマジックの新しい展開を考えてみた」
志成は今日の事件を切っ掛けに、アロマジックの今後の展開を思いついたという。
企画書のデータを貰い、急いで確認してみる。
「なるほど・・・・・・悪臭を良い香りに変える機能か」
「過去の論文で牛の糞からバニラの香りを抽出出来るという研究結果があったりするから、実現可能性はあると思う。臭いの専門家にも確認してみても、理論上行けそうだって」
「もうそこまで・・・・・・ありがとう志成」
既に手は回し尽くされていたようだ。
外堀は既に埋められているようなものだし、私が拒否する理由も無い。
「もちろん、この企画やらせてください」
「まったく、彼女のことになると、すぐ躍起になるんだから。少しはアタシにも肩入れして頂戴よ」
「お前は勝手に走っていくから問題無いだろ」
神は何か指示されたら絶対反発しそうだしね。志成も良く分かっている。
神も私を助ける為に、尽力してくれていたのだ。
決して悪気は無く、ナチュラルな言動で人を傷つけてしまうだけなのだ。
「ありがとう、神様」
「当然。ノブレス・オブリージュよ」
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