第7話 あるものねだり

 な、なんだってー!許嫁だって?!

 あの男にそんな人が居たのか。まあ金持ち一族であれば当然か。

 何はともあれ、この時代に許嫁とは。

 てか、こんなのが副社長になるのかよ。ツッコミどころ多過ぎ。


「副社長の神です。皆の者、平伏ひれふしなさい」


 ひ、ひれふしなさい?どこの中世の姫だよ。

 ギロチンかけられたいのか?パンが無けれお菓子でも食べればってか?マリトッツォでも口に突っ込んで窒息死させてやろうか?

 というより、志成の許嫁がこんな残念な人なんて、つくづく人に恵まれてないな。

 まだ一言しか聞いてないけど。でもあの言葉でだいたい察しが付いたけど。


「おい、従業員にそんな口聞くなって何度も言っただろ」

「だって愚民でしょ?当然の扱いだわ」

「いい加減にしろ!」


 志成社長が怒鳴る。さすがにこの発言にキレなきゃ人じゃ無いね。

 初っ端から上級国民ぶりでマウントかけてくるとか、どんな環境で育ったんだよ。親の顔が見てみたい。あ、親の顔見る前に警備員に捕まって二度と現世に帰って来れないか、ハハッ!


「すまない、取り乱してしまった。こんな奴だが、モノを見る目は確かだから、そこは信頼して欲しい。宜しく」


 そう言って、2人は社長室に帰っていった。

 部屋に入るや否や、オフィスのザワつきが更に大きくなった。


「おいおい、この先この会社どうなるんだよ」

「俺たちは今日から奴隷だ・・・・・・」

「毎日アノ人に罵られると思うと、ゾクゾクする」


 思いの丈を口に出す従業員達。

 混乱は収まる気配を知らない。これは社長が社長だし、副社長も副社長だから、誰かが収拾を付ける必要がある。

 私がなんとかせねば。


「まあまあ。まだ実際に仕事を一緒にやってないんだから、この段階でどうこう言うのは早計じゃないの?」

「いや、さっきの話聞いたろ?俺らの事虫けらみたいにしか思って無い連中だぜ?」


 男社員の一人が詰め寄って来た。ドリアンの匂いを纏った息が私に降り注ぐ。

 吸った瞬間胃が裏返るような気持ち悪さが襲って来たが、唾を飲み込みグッと堪えた。


「だから、まずはちゃんと面と向かって話してから決めなよ。印象だけで決めるのは良くないし気持ち悪い息臭っ」

「まあ、そうだけどさ・・・・・・」


 ドリアン男はすっかり意気消沈し、元のデスクに帰っていった。

 無駄にエネルギーと悪臭を撒き散らすのは止めていただきたい。


 それにしても、社長就任早々難儀なものだ。

 あの副社長は言うこと聞かないだろうし、大変だな。

 心中お察しします。


 とはいえ、あのじゃじゃ馬の制御も、彼の仕事の一つであるワケだし。

 どんな風にしてあの副社長を押さえ込んで活躍させるかも、アイツ自身の手腕が試されている。

 即座にクビにしなかっただけ偉いよ。

 

 私は私で、やれることやらなきゃ。

 新しい企画でも作って、ギャフンと言わせてやるんだから!

 そうすれば、あのポンコツも、会社で認められるんじゃないかな。知らんけど。



 ーーーーー



一方、役員室で緊急経営会議が催されていた。

理由はもちろんアノ発言だ。


「一体何であんな事とみんなの前で言ったんだ!」


 志成が早速神に説教を始める。


「いや、だって、身分の違いというものを・・・・・・」

「身分の違いを分からせて、何になるっていうんだ。それで仕事の質でも上がるのか?」

「そうよ!アタシの言うとおりにすれば、アッと驚くソリューションが生まれるんだから!」

「どうせお菓子とか流行り物に乗っかった商品とかだろう?前の会社で散々見させられたけど、どれもイマイチだっただろ?」

「あのコックローチは画期的だったわよ!庶民がアタシのセンスに付いて行けなかっただけよ!」

「コックローチって、養殖した名前を言ってはいけないあの生物ゴキブリに砂糖をまぶして揚げたヤツだろ?誰が食べようと思うんだよ。お前は食べようと思ったのか?」

「来るべき昆虫食の時代に備えて需要を先取りしようとしただけよ!」


 苦虫を噛むような表情を浮かべ、そこから二の句が継げなかった。


「・・・・・・食べなかったんだな」


 神は肯定も否定もせず、沈黙を貫いた。

 志成は溜息をついてテーブルに突っ伏す。


「自分が食えないモノを人様に出すなんて考えるなよ。前にも言ったけど」

「アタシが買うわけじゃ無いから別に良いでしょ?」

「だから、自分で買おうと思わないモノが、世間で売れるワケ無いでしょ?あんたが一番流行の先取りをしている位感度が高いって思うんなら、尚更でしょ?」

「・・・・・・そうよね」


 ようやく神は自らの罪を認め、悔い改める気になったようだ。


「まずは誰かに実験台になってもらって、反応を見なきゃいけなかったわね。失礼しました」


 肩の所まで伸びたロングヘアーを指でさらりと掻き撫でて、笑顔で神は答える。

 志成はというと、俯き唸り考えあぐねていた。

 のらりくらりと指摘をかわして自分の考えを曲げない神に対し、どうすれば考えを改めてくれるか、最早打つ手は無いのではと思い始めていた。


 その様子を壁に耳を立てていた不届き者が、会議室に飛び入ってきた。


「そういう問題じゃ無いだろ!!!」


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