第6話 知らぬが仏とは言うけれど
実家に帰るやいなや、男は早速正座させられ孝造じいさんから説教を喰らっていた。
「貴様と言う奴は・・・・・・全く何をしておる!」
男は反省の素振りを見せず、適当に時間が過ぎ去るのをただ待っている。
「おい!こっちを見て話を聞かんか!!」
「すいません。考え事してました」
「口答えするな!!!」
孝造じいさんが持っていた杖が男の方へ投げられるが、力が弱く小突く程度で地面に落ちてしまった。
「お前はそんな偏屈な人間で無かったはずだ。いつからそんな風に
「気づいていないだけで、最初からですよ」
孝造じいさんは、その言葉にはっとさせられた。
思えば幼い頃にも家出をしたことがあった。
本人曰く、きっかけは今回のものと変わらない。
学校にも行かず勉強など全て家の中で済ませているので、外の世界を知らないのだ。
日頃呼んでいる本の中には外の世界が描かれているが、実際の様子を見たことは無い。それは誰しも見えないものを見ようとする欲はあるはずだ。歌にもなっているくらいだ。
過去に逃げ出した時は警備員総出で一瞬で探し出され、それ以降男には4人態勢で一日中監視が付くことになった。
「あの時は、勉学が嫌になって逃げ出したのではなかったのか」
「勉強は別に苦じゃないよ。知ってることが学べば学ぶ程増えるし、この家にはそれくらいしか楽しいことが無かったしね」
どうやらじいさんの思い違いが続いたまま、男は大人になり知恵をつけ、今回の
家という檻にずっと居ては、外に出たくはなるのは当然だろう。
「分かった。暫く外の世界を見てくるといい。お前はもうすぐ会社の社長になるんだからな」
そうなんですよ。全く世間を知らない人が、もうすぐ私のところの社長になっちゃうんですよ。自販機とかお金すら良く分かって無い人が、会社経営出来るとは全く思っていないんですが・・・・・・
「ありがとうございます」
こうして、正式に男は外泊することが認められたのだった。
というかもう成人過ぎてるんだから、どこで暮らすかくらい勝手にさせてやれよ。
ーーーーー
いよいよ男がうちの会社に初出社する日となった。
外泊しているジジイの家に黒塗りの車がお出迎えし、華麗に出社となった。
男から一緒に車に乗って会社に行かないかと誘いが来たが、さすがにそこまで私も図々しくない。
大人しくいつもの実家から引き上げた数十年選手のベテラン自転車で、華麗に出勤。中学生からの相棒だから、中々手放せないでいる。
甘酸っぱい思い出とかは特に無いけど。家族の面倒見るので精一杯だったし。
会社に着くと、いつもより人が多く賑やかだった。新しい
が来るとなれば、当然だろう。例のアレなワケだけど・・・・・・
早速私の存在を発見し、まるでどこかのフエルトで出来たモルモットのように、はらちゃんが近寄って来た。
「おはアロマジック!」
「その挨拶恥ずかしいからやめて」
はらちゃんは満面の笑みを浮かべながら、私に抱きついてきた。
物理的衝撃ではらちゃんが掛けている赤い縁の眼鏡が斜めにズレるが、気にしない。これはこれでかわいい。
「新しい社長はもう見た?」
「・・・・・・実は」
「え?!嘘!どこで?」
「そ、それは・・・・・・」
言えない。この一週間その社長と修羅場だった事なんて。
そんなこと言った日にゃ、ある事無い事噂が立ってしまう。
でも必死に隠そうとしても、すぐに顔に出てしまう私。
間髪入れずにはらちゃんが探りを入れてきた。
「な~んか怪しいな~もしかして・・・・・・」
「なワケないでしょ!どこで会えるっていうのさ、あんな上級国民」
「やっぱり、どんな人か知ってるんでしょ。ほら、言ってみな。怒らないから」
それ怒るフラグなんだけど。まあ別にやましい関係では無いし、むしろアイツの御陰で死にかけたんだから少しは話しても良いだろう。
「いやまあ、世間知らずにも程があるというか・・・・・・自販機の使い方とか知らなかったし」
「なに?街中でデートでもしてたの二人で?!いやらし~」
「ちがっ、そんなんじゃ無いって!」
「・・・・・・じゃあどういうことよ?」
事の経緯を話し、はらちゃんは目が丸くなった。
「え、なにそれ、もう実家に挨拶済みとか、進み過ぎでしょ!置いてかないで~」
「アンタには『カイセンボーイズ』が居るでしょ!落ち着きなさい!」
泣く素振りを見せ始めたはらちゃんに、スマホの『カイセンボーイズ』の壁紙を見せる。
『カイセンボーイズ』とは、全国の漁場の名産品を美少年に擬人化している、大きく育った挙げ句腐ってしまったお友達を中心に大人気の作品だ。
アニメや漫画などのメディアミックスを通じ、知名度も急上昇し、全国の漁港に『聖地巡礼』して賑わっているようだ。
「ハッ!そうだわたしには『大原マダコ』が居たわ。すーっ、はー」
はらちゃんはポケットに忍ばせていた、タコの臭いを染み込ませたガーゼの布を取り出し鼻に押しつけ、思いっきり息を吸い込んだ。
肺いっぱいにタコのスメルが充満し天に召されそうな表情を浮かべ、うっかりこの世に帰還された。
「ああマダ様、哀れなわたくしめをお救いください・・・・・・」
「もはや宗教だな」
はらちゃんが片膝をついてマダ様に祈りを捧げていると、ようやく例の社長がオフィスに顔を出した。
今日はちゃんとした身だしなみだ。流石に喫茶店で出会った時のような残念ファッションではない。
上下ネイビーブルーのスーツを・・・・・・ん?どうやらスーツは無く、作務衣を着ているようだ。
ジジイセンスの服だろうが、着こなす人物が違うだけでここまで差が出るとは。
恐るべし、驚異の格差社会。
「新社長のお出ましよ!集合なさい!」
なんだか良く分からない新社長の秘書らしき人が、男の半歩後ろからオフィス中に聞こえるボリュームで呼びかける。
男とは打って変わって、派手な薔薇色のジャケットに黒いロングスカートという、見るからに悪役みたいな格好だ。1○1匹わんちゃんとかで出演してたでしょ、この人。
「そんな威圧的なのはダメでしょ、もう相変わらずだな」
男がそのク○エラもどきをなだめる。一体どういう関係性なんだこの二人。
「初めまして。この会社の新しい社長に就任しました、高井
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