第5話 探し物は見つかりにくい

 筋肉隆々の男達に抱えられ、自宅に返された。

 家に着いた時には、既に午前0時を回っていた。


 眠らされていた影響か、眠気はあまりない。

 ジジイはかなり拷問を受けたようで、体中傷だらけであった。


「凄いねその傷」

「うるせえ、これは男の勲章だ」


 昭和のドラマのようなべらんめえ口調で粋がられても、反応に困る。

 私の家にあった救急箱から消毒液を取り出し、傷に染み込ませる。


「あああああああああああ!!!」

「うるさい。今何時だと思ってるの?」

「ごめん、めっちゃ傷に染みて思わず」

「全く、子供じゃ無いんだから・・・・・・」


 ジジイの叫び声を聞いて、今までの非日常から一気に日常に戻ってきた気がした。

 やっぱりジジイと喋ってると落ち着くわ。


「それで、どうする?」

「どうするもこうするも、私が知りたいって」


 奴らから取り戻したスマホのアプリで、地図を開く。

 あの男が行きそうな場所は、この辺であれば限られている。


「とりあえず、まずは公園とかを当たってみようかな。多分何も持たずにブラブラしてるんだろうし」

「今から探しに行くんかい?」

「そりゃそうよ。早いとこ探して連れ戻さないと」


 あの男は金すら持っていない。

 であればまともな飲食が出来るハズがない。

 今頃屋外で野ざらしになって、空腹で震えていることだろう。


 眠たい目をこすりながら、外へ探しに出かけた。



 ーーーーー



 家から数分歩いたところに、調整池とその周りを囲むように公園がある。

 公園を一周するには、大人の足でも20分程度掛かる。

 街灯はそれ程設置されておらず、夜は不気味な暗闇が多く出現する。


 あの男はどうせ金も持っていないし、行く当ても無いからここに恐らく辿り着いているだろう。

 今頃段ボールでもかき集めて家を作っている最中かな。いや、だいぶ時間が経ってるし、木の実か葉っぱでも食べ始めているか?

 さすがに何か野営を始めているだろうと思っていたが、その予想の遙か下を行った。


 男は、公園の自動販売機の前でうずくまっていた。


「何してるんですか?こんなところで」

「・・・・・・飲み物が飲みたいんです」

「飲み物なら、目の前の自販機で買えますよ」

「自販機って、何ですか?」


 え?自販機を知らない?

 いやいやいや、それは無いだろう。人間生きているうちに必ず水を飲んで生きているハズだ。水が無くても生きていけるのは仙人かそこらしかいない。

 自販機に縁の無い人生を送ってきたのだろうか。

 おそらくそうなのだろう。わざわざ自分で買わなくても、執事とかにボソッと言えば勝手に買ってきてくれるだろう。


「自販機っていうのは、小銭をこういう風に入れて、好きな飲み物を入れたお金の分だけ買える機械です。ほら」


 私は、まるで子供に教えるように自販機に100円玉と10円玉を入れ、缶コーヒーのボタンを押して、下の吐き出し口から取り出した。


「おー!凄い!これは凄いですね」

「いやいや、日本全国、当たり前みたい沢山ありますよ」

「ホント?」


 目を輝かせて私を見つめてくる。

 そんなに自販機を操れる事に凄さを感じているのか。

 恥ずかしいからそんな目で私を見ないで・・・・・・


「世の中にはこんなに便利なものがたくさんあるんでしょうね」

「そ、そうですね。便利になりすぎて使い方が分からないものもいっぱいあります」


 そういって私は、ポケットに突っ込んでいたスマートフォンをおもむろに取り出した。


「これは、何に使うんですか?」

「電話をしたり、音楽を聞いたり、ゲームしたり、色々なことが出来ますね」

「うわ~!すごーい!!」


 持っていたスマートフォンを奪われ、操作に夢中になってしまった。

 おもちゃじゃないんだから、丁寧に扱って欲しいな・・・・・・高かったんだからそれ。


「まだ自分の知らない事がたくさんある。世の中の事をもっと知りたい。そう思って家を出ました。家に居ても何も知ることは出来ないですしね」

「確かにあの家じゃ、息が苦しかったでしょう。良かったですね、家から出れて」


 キラキラと輝いていた男の表情から、みるみるうちに光が失われた。


「でも、結局何も出来なかったんです。独りで何も」


 男は溜息を吐き、その場でうずくまってしまった。


「私だって、出来ることなんか限られてますよ。料理だってそんなに出来ないし、化粧も未だに上手くいってるかよくわからないし。でも、生きてる。暮らしていける。それは、私独りだけで全てやってるワケじゃない。私を信じて動いてくれた人、誰かを思って一生懸命働いてくれた御陰で、私はこうやって生きてる。あなたは、それを身をもって知れたんじゃないですか?」


 男は顔を上げ、私を見つめる。子犬のような円らな瞳で私に何か訴えかけようとしている。

 しばらく口をモゴモゴと動かし、無限とも言える沈黙が続いた後、ようやく言葉を吐きだし始めた。


「何も成し遂げたことが無いんですよ。ただ家で勉強して、寝て。その繰り返しです。学校も全然通わなかったので、友達なんて一人も居ません。ずっと『何のために生きているんだろう』って自分に問いかけ続けて、何も答えは出て来ませんでした。でも、こうやって家出して、あなたと出会って、何かこう、人生が少し前に進み始めた気がするんです。自分でもまだ良く分からないですけど、勇気出して飛び出して良かったなって、そう思います」


 表情が綺麗になった。その顔の方がステキ。

 不覚にも、その笑顔に色っぽさを感じてしまった。


 男は逃げ回って憔悴しきっていていた。

 そのまま家に連れ帰って、ジジイと三人で川の字になって眠りについた。

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