第4話 迷惑です

 目隠しを外され辺りを見渡す。

 やっぱり知らない場所に居た。


 牢屋ではなく、部屋のようだ。

 照明にシャンデリアを使う程度にはセレブな家の部屋。

 金持ちはこんなプレイがお好みなんですね。メモメモ。


 ポケットに入れていたスマホは取り上げられてしまっているようで、外部への連絡手段は無い。

 ただでさえ手足は縛られているのだが、どちらにせよ難しいが。


「おい、喋れるか?」

「何ですか、いきなりこんなことして」

 

 髪の毛を掴まれ頭を持ち上げられる。

 顎髭をたっぷりたっぷり蓄えたクソ野郎に睨み付けられる。

 あーやだ。不潔。髭剃ってあげたい。でもこんなやつに指一本触れられたくない。

 てか髪の毛引っ張らないでもらえます?めっちゃ苦労して毎日毎日手入れしてるんですけど。

 髪の毛に対する慰謝料払ってくれます?


「お前が黙ってうちの坊ちゃんを連れ去るからいけないんだろ?」

「坊ちゃん?夏目漱石?」

「何とぼけてんだよ!お前のうちで男匿ってたろ?正直になった方が利口だぜ」


 クソ野郎は懐から短刀を取り出し、首元に突き立ててきた。


「私の家では匿ってないです。友達の家に居るはずです」

「その友人とやらの家にも居なかったんだよ、そいつ」

「ジジイの家も荒らしたの?!」

「うるせえ!黙れ」

 

 刃先が数ミリも無いところで留まり続ける。


「こっちも仕事で雇われて仕方なくやってるんだよ。早いとこ答えてくれよ」

「知らないわよ。それ以外にどこに行くかなんて、わからないわよ」

「・・・・・・金目当てか?」

「は?そんなんで人連れ去ってどうするのよ。アンタ達じゃあるまいし」


 その言葉を聞いて、クソ野郎は腹を抱えて笑い出した。


「ハハハ、そうだよな。悪かったな、金に汚くて」


 そう言うと私の鼻と口をスカーフで覆った。

 あのクソ野郎に何か言ってやろうと思っていたが、突如として眠気が襲い、意識は抗えない闇へと落ちた。



 ーーーーー



 再び目を開けた時には、先程とは比べものにならない程の煌びやかな部屋に居た。

 辺りを見渡したが、あのクソ野郎は部屋に居ないようだ。

 

 一巡して見たが、なんなんだこの部屋は。

 恐らくホテルにあるパーティ会場の大きさもあるような大広間だ。

 天井からはウエディングケーキかと見間違うような段々になったシャンデリアが吊り下がっている。

 足下にはお化けサイズのペルシャ絨毯が敷き詰められ、壁のあちこちに例のなんでも鑑○団で見るようなお宝達が所狭しと飾られている。


 部屋の豪華さと比例して、不安が増大する。

 さっきから私がなんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ・・・・・・

 

 喫茶店ですごく困ってそうなイケメンを拾って養ってあげようとしただけじゃん。

 私としては困っている人が居たら助けたいと思ってるし。

 お金の量はたかが知れているけど、やっぱり目の前にいたら、放ってはおけない。


 それは人として当然じゃないですか?

 傍から見れば、それはただの下心ですか?

 

「おお、起きたか小娘」


 髭を床に着く長さまで蓄えた老人が私に近づいてきた。

 杖の床を叩く振動が足の裏から伝わる。電撃が走ったように、体が硬直する。


「うちのせがれに手出したうつけがおると聞いてな。お前か?」

「そうなんですか?あなたの息子さんでしたら謝ります」

「ハッ、うちの倅を知らぬとは・・・・・・まあ、仕方無いか」

 

 その老人は『高井孝造』と名乗った。

 私でもその名前は知っている。というかこの国に生きていれば一度は耳にする。

 あの有名な、小さなモノから大きなモノまでこの国の森羅万象を動かしている高井財閥の当主である。

 

 高井孝造は高笑いすると、懐から写真を一枚取りだしてきた。

 それは紛れもなく、私が喫茶店で匿った男だった。

 

「これは・・・・・・確かに、何か困っていたようなので、保護していました」

「あやつめ、家を飛び出してそんなことになっておったとは。すまん、世話をかけたようじゃな」

「いいえ、私こそ出過ぎた真似をしてしまったようで」


 おそらく二人の間で、何か意見のすれ違いがあったのだろうか。

 孝造は頭を抱え込んでしまった。


「折角倅のために会社を一つ用意してやったというのに」

「会社、ですか?」

「そうじゃ。経営に飽きたと言っているわがままな若造が相談に来てな。ちょうど軌道にも乗ってきているようじゃし、経験を積むのに良いかなと思ってな」


 会社一つを息子にプレゼントとは、金持ちはスケールが違いますな。

 ・・・・・・ん?どこかで聞いたような話だな?


「ひょっとして、『アロマジック』という会社ですか?」

「おお!知っているのか?」

「はい、私が勤めている会社ですので・・・・・・」

「なんと!そんな偶然があるんじゃな。とはいえ、あやつは行方知れずじゃからどうにもできん」


 え?!あいつが新しい社長になるの?

 本当に経営できるのか?身なりすら管理できてない奴が。


 なるほど、だからあれだけ物騒な人間たちを使って捜索していたのか。

 最初から泳がせないで尾行して捕まえれば良かったのに。

 そうすれば私もこんな目に遭わずに済んだものを。

 ま、何か事情があったのかな。


 とはいえ、このままあの男が見つからなければ私の人生が危ない。

 掃いて捨てる程あるゴミみたいな人生ではあるが。

 そもそも逃げ回っているような奴を社長にしていいのか、という疑問はあるが。


 アロマジック社長曰く経営に関してはかなりの手練れのようだし、いわゆる芸術家タイプなのかな?

 だとしたら扱いが面倒だな。会話が通じなさそう。

 既に失踪して面倒かけられてるけど。ホント良い迷惑。


「分かりました。私が探しておじいさまの元へ連れて参ります」

「おお、そうか!分かった。ではお主に一週間やろう。それまでに連れて来られなかったら、買収の話は破談じゃ。あの会社は事業拡大でかなり負債があったようじゃしな」

「え?それって脅しですか?」

「まあ、さすがに反故にするのは言い過ぎたな。無理とは言わん。わしのうつけ倅を連れてきて欲しい。報酬もたんまり出す」

 

 報酬・・・・・・?

 やっぱりウン百万とか出るのかな?

 やば、脳汁出まくってるんですけど。

 実家を助けるため、楽して暮らせるようになるため。

 お金さえあれば、こんなに苦労しなかった。

 

 でも金だけのために、こんな奴の言いなりになって良いのか?

 人のことを金さえあれば何でも言うことを聞くとか思っている連中なのだろう。

 自分の事もそう思われているのなら、心外だ。


「分かりました。探してみます。でも、報酬は要らないです」

「なんじゃと?」

「困っている人を助けるだけなので、お金はいいです。私も実際あの男がいないと困るわけですし」

「ハハハ、面白い事を言うの!気に入った。それをわしの前で言える度胸も申し分ない。わしの所の人間を使っても良いぞ」


 思わぬリアクションに呆気にとられてしまった。

 財閥の使いを自由に操れるって、ちょっとした権力者?

 ・・・・・・いや、これも会社を救うため。

 

 会社の命運は、私の捜索に委ねられた。

 あの老人、見つけるのを半ば諦めているんじゃないかな。

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