第2話 許してください
泥まみれの服はすぐに水で洗面台で洗い流し、そのまま洗濯機へ投入した。
男はすぐにシャワーを浴び、清潔さを取り戻した。
荷物は全く持っておらず、替えの服が無い。
とりあえず適当にボーイッシュな服をタンスの中から取りだし、それを来て貰うことにした。
Tシャツにデニム。サイズはピチピチ。
しょうがない。こんなに私の体は大きくない。
筋肉がどうしても浮いて出てきてしまう。
大胸筋や腹直筋の凹凸がクッキリ表れている。
パーカーで隠れていたが、これ程までに男らしかったとは。
この後二人きりなら何をされるか分からない。
とりあえず困ったときの為の友達も呼んでおいて正解だった。
男を引き連れて帰宅する途中、電話で呼び出しておいた。
冒頭寝ぼけていたのか何を言っているか良く分からなかったが、
話を聞いた途端声にハリが出た。
「なんでこんな休みにいきなり呼び出されなきゃいけないんだよ」
「ごめん。流石に独りは不安だった・・・・・・」
「まあ、良いけど」
男友達も満更ではないようだ。
この男友達は仲間内からはジジイとあだ名で呼ばれている。
いつもポケットに常備している沢庵をかじり、下駄を履き、昭和歌謡を口ずさむ。
そして、髪型は決まってアイビーカット。どこのハリウッドスターだよ。
このジジイとは大学時代の同級生で、人間観察サークルの仲間だった。
日々大学でリア充生活している奴らをリストアップし無許可で批評するという、高尚なサークルだった。
活動内容は傍から見れば奇天烈極まりないが、私は都会人の生態を洗いざらい知ることが出来るのではないかという期待を胸に、このサークルの門を叩いた。
年に一度、サークル研究の集大成として全校生徒の中のリア充度を階級にまとめ上げる『リア充カーストブック』を非公式に刊行し、一部のゲスな輩達に熱狂的に支持されていた。
そんな活動もしつつサークルで知れたのは、上辺だけで生きてる薄っぺらい奴らがこの世の中には本当に多い、ということだけだった。
大学卒業して以来も、時々会っては貶し合いをしている腐った仲が継続している。
「で、どうすんだいアイツは」
ジジイは、私の冷蔵庫の中身を物色しながら話しかけてきた。
おい、勝手に野菜ジュース飲むんじゃねーぞ。
取り寄せしてめっちゃ高かったんだぞ、それ。
「どうするもこうするも、困ってそうでしょ」
「いや、困ってたら警察に保護させるでしょ、普通」
まあ、そうですよね・・・・・・それは常識として存じてはおりますが。
「なんというか、ただならぬ雰囲気というか、こういう人、放って置けないんだよね」
「アハハ、ほんと昔っからそういうのに弱いんだから。捨て猫とかも拾って来ちゃって、後で大家さんに怒られてオイラが仲裁したの、忘れたかい?」
ジジイは私の目の前で胡座をかいて野菜ジュースを飲み干す。
流石に一口くらいは飲ませて欲しい。
いや、でもそれは今度でいいや。ジジイと間接キスは無理。
ジジイだからね。口臭そうだし。
その私の困った顔を見て、何かを察したのかいきなり話を切り出してきた。
「分かったよ。オイラが奴の面倒見るから」
「大丈夫?どうせイビキかいて起こしちゃうんでしょ」
「最近は大丈夫。ちょっと痩せたし」
「いや、全然見た目変わって無いけど」
確かに前にあったときより、腹回りの肉が少なくなった・・・・・・気がする。
こうやって私だけ置き去りにされていくのね。ああ悲しい。
男は疲れていたのか、そのまま床に寝転び眠りについてしまった。
あれだけ臭くなるまで、一体何をして何処をうろついていたのだろうか。
詳しい事は明日起きた時にでも根掘り葉掘り聞いてみよう。
体力が回復したときが一番恐ろしいので、ジジイにはこの男に添い寝してもらい、
私は独り寝室のベッドで寝ることにした。
もちろん部屋は鍵付き。ジジイ、残念だったな!
ーーーーー
翌朝。
ジジイと男は互いに抱き合いながら眠りについていた。
一晩のうちに二人の間で肌と肌の触れ合いがあったのだろう。
隠し撮りで録画しておけばよかった。
職場の腐っている同僚に見せたら垂涎ものだろう。
男は目を覚まし、これまでの事を詫びてきた。
「昨日は本当に申し訳ありませんでした。色々と困っていて・・・・・・」
「いえいえ。だいぶお困りの様子だったので、流石に放って置けなくて」
「お人好し過ぎだな。全く」
自分でもその自覚はある。
今後は二度とこのような過ちを犯さぬよう、真摯に反省いたします。
つきましては昭和歌謡CDボックスセットをもって謝罪に代えさせて頂きます。
ジジイのことだから、レコードの方が良いかな。
「ホントだよ。お前のせいでせっかくの休日がパーだ」
ジジイは男よりすこし早く目を覚まし、は私と男の分の朝食を用意してくれた。
トーストと牛乳。それだけ。
「朝食まで用意いただいて、本当にありがとうございます」
「昨日のやつれ具合じゃ、まともなもの暫く食べて無かったでしょ?」
「そうなんです。着の身着のまま出て来てしまったので・・・・・・草とか食べてました」
「草?!牛じゃないんだから」
「ハハ、そうですよね。昨日はゆっくり出来そうな喫茶店にふらっと入ったら、マスターが奢ってくださって、そしてあなたに寝泊まりの場所までお借りして、皆さんになんて感謝を述べたら良いか・・・・・・」
男は私に一礼すると、トーストを一口で食べきり、おもむろに立ち上がった。
「じゃあ、もう行きます。お礼はその内必ず」
「行くって、何処に行くんですか?また喫茶店ですか?」
多分行ったところで、出入り禁止を宣告されて路頭に迷うだけだろう。
「いや、それは無い、です。家を探しに。このままではいけないので」
「探しに?家は無いんですか?」
「ああ、今は無い、ですね。つい先日逃げてきたばかりで」
あの姿なら宿無しも納得だ。ついでに金も無いと。
それにしても何日間も
「そうなんですか。それは可哀想に・・・・・・」
「いや、自業自得なんです。こちらの」
「なら、オイラの家に暫く泊まるかい?」
うそ?見ず知らずの人なのに?
ジジイ、お前も良い奴だな。
「いいんですか?あなたの友達の家であれば、安心ですね」
「もちろん!ワンルームだけどね」
こうして男は、ジジイのところで今日から二人は同棲を始めることとなった。
ジジイもようやく年齢イコールだった独り身生活ともおさらばだ。
・・・・・・あれ?これで良かったのか?
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