第20話 義兄妹の時間と皇族護衛編 10
もう間もなく十五時。
アルトリア国の王子が婚約についての返事を聞かせて欲しいと言った時間まで後三分。
アルトリア国の男が再び動いた。
その瞬間を和也は見逃さなかった。
「ここを頼む」
刹那――間髪入れずに動く。
その異変に育枝達もすぐに気付く。
一人では危険だと止めようと思ったが、初めて見る和也の狂気じみた殺気に育枝は蹴落とされてしまった。
「久しぶりに見たわね」
「だね。でも和也があぁなるってことはきっと強敵なんでしょうね」
「そうね。恐らくはどこぞの大魔術師が相手なんでしょうね」
遥と榛名は和也の背中を遠目に見送りながら呟く。
かつて命を救ってくれた者が七年ぶりに本気になった、そう思わずにはいられなかった。
「なにあの魔力反応……」
育枝の身体が小刻みに震える。
どうやら和也が放った殺気をもろにその身に受けてしまったらしい。
遥と榛名はそっと育枝の両脇に行き、手を握ってあげる。
「恐い?」
遥は視線をもう見えなくなった和也に向けたまま言う。
「……はい」
「そっかぁ。とりあえず今は私達は私達のやるべきことをするわよ」
「…………」
どう反応していいかわからない育枝の気持ちを察して、遥と榛名はそっと育枝を第二プライベートルームへと案内した。
そして自分達は自分達のやるべきことを後はするだけだと二人で覚悟を決める遥と榛名。
その背中は一国を背負う女王陛下と第二王女としての決断でもあった。
アルトリア国の護衛で来た男は和也に気付き全速力で逃走する。
だけど和也も負けていなかった。
しかし、相手も魔術を使い何とか和也を巻こうとし、攻撃をしてくる。
火球、火炎、火の縄、と様々な攻撃をされるが全て避けて突き進んだ。
そして先日男を見失った細い路地裏へとやってきた。
そのまま二人は魔術帝国の城壁を飛び越える。
するとそこにはリーシャン国の大魔術師が一人いた。
アルトリア国の男は合流すると同時にリーシャン国の大魔術師の後ろに隠れる。
「すまん。付けられた」
「気にするな。この男の魔力反応からかなりのやり手だろうな」
「情報はここにある」
そう言ってアルトリア国の男がリーシャン国の大魔術師に巻物を一つ渡す。
和也はとりあえず二人の様子を見届けてから口を開く。
「それは?」
「これか? 城内の警備情報と裏切者がいる地下牢の地図だよ。ったく世話を焼かす裏切者だよ」
「なるほど。仲間の奪還ではなく、情報漏洩の前に殺す為の情報収集か」
「勘が鋭いな」
「それくらい察しがつく。そいつの今までの動きとわざわざリーシャン国の大魔術師様が動くとなると国の命運に関わるような案件だと言うぐらいにな。そして今までのリーシャン国を見ている限り裏切者は全員殺している。その事実からただ導き出しただけだ」
「ほう。俺の事を知っているのか?」
男――べルートは微笑みながら答えた。
「当たり前だ。大魔術師候補者として国で三年以上勤務した者は帝王の魔術師者候補者として名が登録される。それは何処の国でも誰でも見れるデータベースにも載る。魔術に興味がある人間なら一度は誰しもが見ると考えれば当然だろ?」
「なるほど」
「そこでだ、その巻物をこっちに渡してくれないか? そうすれば交戦する気はこちらにはないし、このまま見逃してやるからよ」
「アハハ!」
べルートは愉快に微笑みながら笑う。
「お前が俺に勝つ? それは無理だな」
「何故そう言いきれる?」
「それはだな。こうゆう事だよ!」
ゴトッ
音を立てて地面に生首が一つ落ちた。
視認がしづらい風の刃はアルトリア国の男の首を簡単に切断した。
「お前……」
「情報戦はこの世で当たり前だ。俺がコイツと接触していた事をアルトリア国にバレると厄介なのでな」
「それでも協力し合った仲間じゃないのか?」
「仲間? 違うな」
べルートは即座に否定した。
「こいつは二重スパイなんだよ。そのせいかこいつはアルトリア国にこちらの情報を少しずつ保身の為に流しやがった。それも軍事機密をだ! そうなった時点で使い道がなくなると同時に殺されるのは当然と言えるだろう」
和也は納得した。
つまりリーシャン国は魔術帝国の森田達と同じくアルトリア国にもスパイを忍び込ませていたと言う事だ。別名スパイの国とも呼ばれることから和也はもしやとあの日思ったが、どうやら悪い予感が的中してしまったらしい。
相手は大魔術師。下手すれば死ぬかもしれない。
それでも死んだ両親が護ろうとしたこの国――いや遥と榛名を護る為に戦う事を決める。
あの二人はもう十分に苦しんだ。両親を亡くし、病む心を必死になって抑えつけて辛い現実と戦いながらも魔術帝国を護ろうとした。だったらそっと手を差し伸べてやることもまた二人を護ると言った意味では必要なのだろうと思った。
和也が抑えていた魔力をさらに開放し戦闘態勢に入る。
そしてべルートも抑えていた魔力を開放した。
どうやら逃げる気はないらしい。
「お前にこのままついて来られては困るのでな」
「気が合うな。俺はお前に逃げられると困るんだよ」
「「だったら殺(や)るか、殺(や)られるかしかないよな!」」
元大魔術VS大魔術師の戦いが始まった。
べルートがニヤリと口角を上げると、風の刃が空中に出現した。
「踊れ、大魔術師に喧嘩を売った時点でお前の負けだとその身をもって知れ!」
そのままべルートの意思を反映した風の刃四本が和也を目掛けて一直線に飛んでくる。
「……その程度か?」
迫りくる風の刃が雷撃によって全て撃ち落とされる。
雷撃は和也を中心として出現した半径五メートルの魔法陣からバチバチと音を鳴らしている。
「これは第六魔術(天災級)か……」
「そうだ」
「やはりただの追跡者ではないか。ならちょうどいい。第六魔術ではなく第七魔術(天災級)で相手をしてやる」
「まじか……」
その言葉に和也が苦笑いをする。
できれば身体が感覚を取り戻すまでは相手に油断をさせてと思っていたがそうもいかないみたいだ。
周囲の風が圧縮され、先程とは違い人を殺す魔術から邪魔する全てを殺す魔術へとなった風の刃が襲い掛かってくる。
すぐに雷撃で撃ち落とす事を試みるが、雷撃を真っ二つに引き裂きながら、四方八方から風の刃が飛んでくる。
左。
右。
正面。
上空。
後方から。
全部で四つの刃は空気を切り裂き、魔術の残留思念すら簡単に切り裂く。
「雷撃よ、全てを力でねじ伏せろ」
上空に出現した巨大な魔法陣から落雷がべルートに向かって降り注ぐ。
凄まじい雄たけびをあげ、こちらも周辺の空気を切り裂いた。
青白い光が見えたと思った時には轟音が鼓膜を破る勢いで聞こえてきた。
そんな一撃を受けてもべルートはその場にただ立っていた。
よく見れば四つの風の刃を落雷が直撃する前に展開し盾にしたことがわかった。
僅かな魔力反応から和也の狙いを先読みし冷静に対処するべルート。
「なら、これしかねぇ!」
和也は臆することなく突撃した。
足の裏を爆発させて、全身を弾丸のようにして。
警戒してか一つを残し三本の風の刃が襲い掛かってきた。
それも正面、右正面、左正面と三方向から。
それでも和也は足を止めない。
風の刃は単調的な動きしかしてこない。
その為、ギリギリまで引き付けて躱していく。
三本躱しきったと思ったその時、待機させていたもう一本の風の刃が首を切断するようにして襲い掛かってくる。
完全に和也の意識が外れたタイミングでの攻撃は正に必殺の一撃。
とっさに身を捻るが間に合わない。
「雷鳴!」
樋口に止めを刺した第三魔術(ノーマル級)魔法陣が出現する。
それはバチバチと音を鳴らし直径十センチほどの小さくて黄色い魔法陣。
だが、そこから放たれた一筋の閃光が和也の身体を貫く。
そのタイミングに合わせて魔力で作った障壁を使いダメージ軽減をする。
和也は自分の魔術で自分を攻撃し身体を吹き飛ばす事で風の刃の一撃を躱した。
とは言っても左腕を刻まれてしまった。
それでも数センチ触れただけで肉を切り裂く一撃に腕を切断されなかっただけマシだった。
「ぁっぶっねぇー……」
鮮血が舞う。
傷の手当てをしたいが、回復魔術を使えばその隙を狙われると判断しここは我慢する。
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