第19話 義兄妹の時間と皇族護衛編 9


 護衛三日目。


 事件は起きた。

 今はお昼過ぎなのだが、午前中にようやくアルトリア国の王子が本性をむき出しにしてきたのだ。

 アルトリア国の王子が言った内容としては三つあった。


 一つ。


 なぜ俺と一緒に夜を共にしないのか。


 一つ。


 なぜもっと警戒心を解いて二人きりの時間を作らないのか。


 一つ。


 婚約の話しはどうなっているのか?


 上記の上から二つは過去の過ちを考えれば当然だと言う遥にアルトリア国の王子はこう言った。


「お互いが好きなら何も問題ないであろう!」


 と。

 だが遥はすぐに愛想笑いで言った。


「私は結婚するまでそう言った事をする気はないわ!」


 それを聞いた榛名と育枝がそれは嘘だなと心の中で同じ女として強く思った。

 昨日自分が夜寝る前に甘えた声で言った事は全て棚に上げて健全で純粋な女の子アピールをする遥。

 だが問題はそこじゃなかった。

 アルトリア国の王子――カイトが最後に言った内容である。


「確認だが遥が十八になると同時に婚約で間違いないのだな? 今回一番の目的はそれだ。よもやこの俺をダシに使ったとは言う気はないだろうな!?」


 自分の思い通りにならずイライラするカイトは容赦なく威圧的に言葉を放った。

 それから――。


「この場で正式な解答を要求する。期限は本日十五時。それまでここに居てやる。再度自分の過ちを報い、今後俺とどうしていきたいか? それを聞きたいと思っている。その為の時間も用意した。答えが出たらここに来い。尚時間を過ぎてもお前が来ないその時はわかっているな?」


「わかったわ」


 そう言って遥は榛名と育枝、そしてどこか上の空の和也を連れて第二プライベートルームを出ていった。

 その後四人は女王陛下のプライベートルームへと移動した。

 ここなら誰にも邪魔されないし、ゆっくりと考えられるからだ。




「それでどうするの?」


 重苦しくなった部屋。

 だが時間は待ってくれない。そう思いまず榛名が口を開いた。

 すると、目から涙を零して現実を受け止められなくなった遥。そのまま隣に座る和也に抱き着く。対面のソファーに座った榛名と育枝には痛いほどその気持ちがわかっていた。好きでもない男と望名ぬ結婚。だけど拒否すれば国の命運に関わる為、断りたくても断れない状況がある。


「うゎぁぁぁぁん。やだよ。私まだ片想いしていたもん」


 遥の本音が口から漏れる。

 和也はそっと遥の身体を抱きしめて、頭を撫でてあげる。

 その時にわかった。

 遥の身体が小刻みに震えている事に。


「お姉ちゃん……」


「女王陛下……」


 心配する榛名と育枝。


「嫌なのか?」


「当たり前よ! 私好きな人いるもん! 好きな人がいるこの国が大好きだもん。出て行きたくなんかないわよ!」


「そっかぁ」


「なによ! そんな冷たい態度取るなら何も聞かないでよ!」


 和也の胸の中で泣く遥は細い腕を感情任せに和也に叩きつける。

 こんな時、死んだ父親だったらどうやって遥を導くだろうか。

 そんな事を考えてみる。

 するとすぐに答えがでた。


『きっと母さんにも何も言わず全部一人で抱え込んで、全部一人で解決して、全部一人で責任を負うのだろう』と。


 そんな父親だからこそ、周りが頼りたくなる。そしてヒーローとして世間から認められたのだと今ならなんとなくわかる。そんな父親にかつては自分も憧れていたから。


 和也は視線を切り替えて言う。


「榛名はいつなんだ? 政略結婚」


「今聞くの?」


「あぁ。遥もだが榛名の話しも少なからずこの場においては関係するだろう? 場合によっては国の引継ぎとかで時間を稼ぐ事も可能だ」


「なるほど。でもそれは無理だと思うよ?」


「どうして?」


「どこから私の政略結婚の話しを聞いたかは知らないけど、私は半年後。それだけの期間があれば後任を用意できるとカイトは言うからよ」


 和也は納得した。

 その通りだと。カイトの事についてはよく知らないが少なくともこの三日間見てきて思ったのは腐っても王族なんだなということだ。権力におぼれ、権力を奮い、力で全てを手に入れる。まさに大国――強国の王子に相応しい思想だと思う。

 それに切り札は最後までとっておき、上手く関係が築けなかった場合のみそれを使う。最初から見せるのではなく最後に使うからこそ有効的な手段となる事を彼は知っている。


「マジか……」


「うん」


 榛名が頷く。


 今も追い込まれた子供のように泣く遥の顔を優しく両手ですくい上げる和也。


「本心で答えろ。結婚嫌なんだな?」


 下唇を噛みしめながらコクりと頷く遥。


「しょうがないやつだ。なんとかしてやる。だからもう泣くな」


 和也は決めた。

 自分の人生をここから賭けると。

 ベットするには限りなく安すぎるチップに全てを賭ける事にした。

 死んだ父親の意思を引き継ぐ為にも。

 もう逃げない。

 どの道アルトリア国の支配下に入れば今後育枝を今までのように自由に動いて護れる保証はどこにもない。大切な人の未来を確実に護る為にも自分の未来をその測りにかける。


 どれだけ無謀かは考える必要はない。

 決めたのなら後は突き進むだけ。

 その結果がどうなろうと和也の知った事ではない。

 ただ元大魔術師として他国から魔術帝国を護る。

 そう、ただ――それだけ。


「えっ……」


 優しく抱きしめてあげる。

 これが最後になるかもしれないから、今自分に出来る事をしてあげる。


「かず……や?」


「心配するな。俺の父親がそうしたように俺も頑張ってみることにするよ。だから信じてくれ」


 満面の笑みでそう言った和也。


「うん。わかった」


 それから甘えん坊さんになった遥の心が落ち着くまで和也はその行為を優しく受け入れた。目を閉じ、心の落ち着きを取り戻そうとする遥の頭を撫でながら和也はアルトリア国の護衛が不審な行動をしている事について榛名と育枝にも今のうちに話しておく。

 二人は何も言わずに最後まで話しを聞く。育枝は和也がたまに一人ブツブツ何かを言っていた事を思い出してはそうゆう事だったのかと理解していく。


 そして最後に告げる。


「俺が政略結婚の話しを力でねじ伏せてやる。ただし失敗した時は全て俺の独断で行われ脅されていたと言え。人質は全国民でそれを他言すれば無差別に殺すと言われたと。そしてもし俺が死んだときは墓は立てなくていい。誰にもそのことを言わなくていい。ただ黙って俺を利用してからお前達も俺の事を忘れろ。いいな?」


「「「…………」」」


 三人は言葉を失った。

 遥、榛名、育枝は知っている。

 一見いつもふざけていてバカ丸出しの和也が本当は強いって事を。

 その和也がこのような形でお別れの言葉を真剣な表情で言うとは思ってもいなかった。

 和也は大魔術師として正式に言われたことはない。だけどその実力を認めて大魔術師に正式に任命される前から大魔術師として唯一の例外として自国のみならず他国からもその魔術の才能を認められそう呼ばれた。それだけの実力が和也にはあるのだ。なのに――。


「俺の力を知っている者なら少なからずそれで納得する奴が多いと思う。だから大丈夫だ。それに俺は偉大な父親の息子。父親が国に殺されたと勘違いしその復讐心で今回作戦を計画したと言う事にすれば説得力はさらに増す。俺達親子はそれでもいい。大事なのは国じゃない。護りたい者を護れるかどうかだからよ」


 作り笑顔でそう言って微笑む和也。


「やだ……」


「我儘言うな。それで遥は好きな人と結婚してこの国に入れるんだからよ」


 その言葉に遥の胸が痛くなった。

 違う。

 そう言いたいのに口が動かない。

 遥の未来には和也が隣にいる。

 だけど和也の未来には誰も隣にいない。

 そんなの嫌だ。

 そう強く思った。

 なのに言葉がでない。


「和也? そこまでしなくていいよ?」


 理由はもうなんでもいい。

 和也がまずは生きれる道なら。

 そう思い、気が動転しながら呟く榛名。


「いいって。これくらい。それに遅刻した分は働くって謁見の間で言っちまったからよ」


「それがどうゆうことかわかってるの!?」


 感情的になる榛名。


「あぁ。でもこれでいいんじゃないか?」


「えっ?」


「一国の未来がたった一人の命を懸けることで救われる可能性が確かにあるならよ。それが遥とか榛名だとよ、その後の政治に問題が出るだろうけど、俺みたいな何の影響力もない人間ならそれがベストだと思うぜ。それに俺はまだ死ぬと決まったわけじゃない。ただそうなる可能性があるってだけだ。だから榛名。第二王女として掛けてみないか、俺の提示する可能性に一国の命運をよ」


「……わかった」


「榛名!」


「第二王女!」


「ただし条件がある。何があっても私にその顔を見せに来なさい。何をするかは何となくでしかわからない。それでも絶対に戻って来るって誓いなさい!」


「わかったよ」


 和也は軽い返事をした。

 そういつもと変わらないマヌケずらで。

 泣き止んだ遥を離して立ち上がる和也。


「待て!」


「うん?」


「仲直りまだしてないだろ?」


「そうだったな」


「絶対に戻ってこい。それで今度の休日一日私に付き合え。それで許す。どうだ?」


「おう! 一日どころか気が済むまで尽くしてやるよ」


 ニコッと微笑んで、通り過ぎていく和也。

 その行く手を阻むようにして立ちあがる育枝。


「私和也以外に甘える相手いないの分かってるよね? 絶対戻ってきて」


「あぁ、そうする」


「それとツンツンしてごめん……バカ兄貴」


「こちらこそセクハラしてすまん」


「うん、今回は許す」


 すれ違い様に二人がお互いにしか聞こえない程の小声で話した。


 ようやく仲直り出来た二人の顔から笑みがこぼれる。

 そして育枝は最初から素直になれば良かったと心の中で思った。


 その時だった。

 王城内に急な魔力反応が出現した。


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